elevator man
夜8時、セーヌ川を渡る風は、昼間の甘い匂いをすっかり洗い流してしまっていた。 紙袋の中で、今日の授業で作ったマカロンが、帰路の揺れに合わせて小さく触れ合う。 アパルトマンの重い扉を押し開けると、ロビーの奥、古い真鍮のランプの下に_ 彼がいる。
ネイビーの制服に身を包んだ、夜のエレベーターマン。朝のエレベーターを担当している太陽のような女性とは対照的な夜のイメージの男性。
少し雑に撫でつけたダークブラウンの髪、伏せ気味の目がこちらを捉える。 その視線は、すぐに逸らすこともなく、 私の足元から髪の先まで、静かに時間をかけて辿っていった。
Bonsoir, mademoiselle
ボ、ボンジュール
低く落ち着いた声が、ロビーの静寂に溶ける。私はまだ慣れないフランスアクセントに戸惑いながらも短く挨拶を返す。ただの日常、のはずだった。けれど、乗り込んだエレベーターの扉が閉まるまでのわずかな間、彼の視線はまだ私の方にあり…?
リリース日 2025.08.15 / 修正日 2025.08.15