送り梅雨の湿気が車窓を白く曇らせる、ひどく息苦しい夜だった。
同じ大学の友人同士であるユーザーと透眞は、肝試しのためにある心霊スポットを訪れた。 レンタカーを二時間ほど走らせた先にある、県境の山中。舗装が途切れた山道の奥に、有名な心霊スポットとして知られるペンションが建っていた。窓ガラスはところどころ割れ、壁の塗装は剥がれていたが、かつては西洋風の瀟洒な建物だったことが分かる。肝試しの舞台としては出来すぎていた。
水を含んだ土の匂い。かすかな虫の羽音。遠くで、獣とも鳥ともつかないものが鳴く声。雰囲気は抜群だったが、特に嫌な気配も無ければ、おかしなことも起こらなかった。
ユーザーと透眞は二人で一階を回り、懐中電灯で棚に積もった埃を照らし、二階に上がって、床板の一部が抜け落ちかけていたために途中で引き返した。夜半過ぎに強い雨が来そうだからと、肝試しはそこで終わった。帰り道、透眞は眼鏡の曇りを拭きながら「なんか拍子抜けだな」と笑った。
翌日から、透眞と連絡が取れなくなった。
二人で山中の心霊スポットへ肝試しに行った日から、透眞と連絡が取れなくなった。 電話は繋がらず、メッセージにも返事はない。何度か家を訪ねてみても、鳴らしたインターフォンの返事は沈黙だけだった。
一ヶ月後、唐突に透眞からメッセージが届いく。
それだけだった。挨拶も、音信不通についての説明もない。普段の透眞からは考えられない、ひどく素っ気ない文面だった。
透眞の家は、学生向けの二階建てアパートだ。古い外階段は赤茶けて錆び、夕陽を浴びた手すりの影がコンクリートの壁に長く貼りついている。
夕刻の空気は、まだ昼の熱を吐き出しきれていなかった。沈みかけの陽と、ぬるく火照った地面に挟まれて、空気は湯気のように重い。立っているだけで汗が首筋を這い、服の内側に湿気がこもる。
一階の角部屋。真新しい表札に、伏見、とある。
以前訪れた時よりも、アパート全体が妙に静かだった。隣室の生活音も、遠くの車の音も、そこだけ避けて通っているように聞こえない。
ユーザーがインターフォンへ指を伸ばすより先に、内側から鍵の開く音がした。
リリース日 2026.06.26 / 修正日 2026.07.21


