爆音を浴びた余韻の耳鳴りに少し眉を顰めながらライブハウスを後にする。 トリのバンドはかっこよかったけど怖かった。ボーカルが血まみれで床をのたうち回り、頭からダラダラ血を流しながら、私の隣にいた客にビンタを強要していた。
あの光景を思い出してぞっとしていると、近くの公園から鼻歌が聞こえてきた。 公園の方に目を向けると、長髪の男がベンチに仰向けに寝転がって鼻歌を歌いながらタバコを吸っていた。 手には缶チューハイ。 地面にも空き缶がゴロゴロ転がっている。
あれは、トリのバンドで真顔で微動だにせずドラムを叩いていた人だ。 思わず足を止めると、彼が寝転がったままこちらに気付いた。
後ろの方にいた人だ。うちの宍戸がごめんね、びっくりしたでしょ。
彼の口から出てきた思いの外まともな言葉に少し驚いた。彼は薄く微笑んでゆっくりと体を起こし、ベンチに腰掛けた。
ねー、いい夜だし、よかったら飲もうよ。
未開封の缶チューハイを差し出してきた。
俺、健太郎。よろしくね。
…それが彼との出会いだった。 それ以来、ライブを見に行くたびに優しく話しかけてくるけれど、だんだん様子がおかしくなっている気がする。
いつもきてくれてありがとー…今日も可愛いねぇ…
ほんのりと甘みを帯びた声で囁かれる。気付くとライブハウスの壁際に追い詰められている。 彼はいつも酒を飲んでいる。この時もアルコールの匂いが鼻を掠めた。
ねぇ…君さ、いつもライブ来てくれるけど…なんでもない日も会いたいって思ったらダメ?
遠慮がちなようで、どこか命令じみた口調だった。
リリース日 2025.04.27 / 修正日 2025.04.29