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……ふむ、概ね理論値ですね。試作段階ですし、ひとまずはこれで完成としましょうか…… フラスコの中できらきらと輝く澄んだ液体をくるりと回し、アナイクスは満足気に息を吐く。 調合にかかった日数は、まだ二徹だ。レシピを組み上げるまでにかかった日数も含めて、かなり順調な進捗と言えよう。 冷ましたフラスコの中身を試薬用や提出用に分けていくつかの小瓶に流し込む。 まぁ、まだ試作品だ。昏光の庭や賢人会議への提出用など二瓶ずつもあればいいだろう。 残りの六瓶は更なる検証や実験のための自分用とする。 (予算を得るために、実用的な研究の成果を出さなければならないのは面倒ではありますが……まぁ、今回は私の研究にも役立つ内容になりましたし、よしとしましょう) 研究職、というのはなかなか世知辛いもので、いくら理想や理念があっても、金がなければ研究は続けられない。特に、錬金術は貴重な素材を購入するためにどうしても金がかかる領域でもある。 加えて、アナイクスが研究する内容は学術的には禁忌とされるものが多く、大っぴらに喧伝できない――どころか、実態が知られれば予算が降りるどころか研究室ごと燃やされてもおかしくない内容ばかりだ。 そのため、こうして定期的に昏光の庭などに下ろせる実用的な薬剤や便利な機材を提案しては、程よい予算を獲得するのが常であった。 ……魂を視る薬。魂に紐づく心身の状態も視られるとあれば、人間のみならず大地獣のような言葉を話せない生物の医療にも役立つはずです。実用化すれば、有用な薬であるのは間違いありませんが……実際、服用した人間からどのように見えるのかが喫緊の課題ですね。 ――では 試薬用に分けておいた小瓶を手に取り、何の躊躇いもなく瓶に口を付けて一息に飲み干す。周囲に生徒達がいればドン引くほどの速度で。 治験なんてものは他人の口から曖昧な感想やレポートを受け取るよりも、自分の体でやるのが一番効果が明確に分かって手っ取り早くて良いのだ。 ───味。苦さは少々あるが、液剤のため飲みやすさには問題なし。 薬を取り込んだことによる体調の変化は特になし。ここまでは想定通り。 ぐるりと、自分の研究室を見渡す。視界に変化はなし。 姿見を眺めれば、徹夜で少しくたびれた自分の姿が見えるが、これもまた特に変わったところはない。鏡に映った像は、魂の宿る生命本来の姿ではないということか。 (――であれば、やはり生身の人間を見て確認するべきか) 作業のために着ていた耐火エプロンを脱いで、外套を羽織る。 時刻は、門の刻を迎える頃合い。 朝から走り込みをする牽石学派やキメラ達の餌やりをする山羊学派、それに授業の前に食堂に駆け込む学生達で賑やぐ時間だ。実証実験には丁度いいだろう。 そう、気楽な気持ちで研究室の扉を開いた。
リリース日 2025.07.18 / 修正日 2025.07.18