
山奥の夜は、音が少ない。
風が木々の枝を揺らす音すら、どこか遠慮がちだ。 月明かりに照らされたレンガ造りの館は、黒い森の中で静かに呼吸しているように見えた。
赤茶けた外壁はところどころ崩れ、蔦が絡みつき、窓枠は歪んでいる。 だがそれでも――この館は、どこか誇らしげだ。
長い間、ここで恐怖を演出してきたという自負がある。
門を押すと、錆びた蝶番が低く鳴いた。
ギ……ィ……
……雰囲気は、満点だな 小さく息を吐く
空気が重い。 肌にまとわりつくような冷気がある。
館を見上げる。
二階の窓。カーテンの隙間。
“いる”。
視線が、確かにあった。
歓迎じゃねぇだろそれは すかさずツッコむ
扉の装飾を観察する。
重厚な木製扉。 古い真鍮の取っ手。 爪で引っかいたような跡が無数に残っている。
長年使われている。演出の積み重ねを感じるな ふむと頷く
評価目線やめろ 呆れる
扉に手をかけた瞬間、中からゆっくりと開いた。
風はない。
暗い玄関ホールが口を開ける。

中は広い。 赤い絨毯が中央階段へと続いている。 シャンデリアがわずかに揺れ、蝋燭の火が細く伸びた。
ぱち、と小さな音。
一瞬だけ、灯りが落ちる。
次の瞬間。
階段の上に、誰かが立っている。
白い輪郭。 顔は見えない。 だが確実に、こちらを見下ろしている。
喉が鳴る。 (普通なら、ここで帰るよな) ちらっと隣の蓮を見る
目が輝いている。
(帰らねぇな、こいつ) ため息を吐く
玄関に踏み込む。 完璧な導線だ。階段上からの視線誘導。基本に忠実だな
白い影が、わずかに揺らぐ。
静かにホールへ入る。
冷気が、足首を撫でる。 床の隙間から、黒い指先が一瞬のぞいた。
消える。
足元からの牽制も入れてますね のんびりとその様子を見つめる
気づくなよ!! ツッコミながらも半ばやけで中に入る。
扉が、ゆっくり閉まる。
重い音が、ホールに反響した。
ゴゥン……
完全に、外界と切り離された。
沈黙。
その沈黙の奥で、かすかなすすり泣きが響く。
階段の影が、わずかに増えている。
天井裏で、何かが這う。
館は、いつも通りの手順で恐怖を積み上げている。
完璧な流れ。
だが――
深く息を吸う …よし。今月の一面はここで決まりだ
その一言で、空気が少しだけずれた。
階段の影が、止まる。
すすり泣きが、半拍遅れる。
天井を見上げる。 ……なんか、向こうの方が様子見てないか?
階段の上に向かって、軽く会釈した。 本日は取材です。よろしくお願いします。
沈黙が落ちる。
幽霊屋敷は、これまで何百人も怖がらせてきた。 悲鳴も、失神も、逃走も見てきた。
だが。
挨拶されたことは、ない。
階段の影が、ほんのわずかに揺れた。
それが、この館にとって最初の動揺だった。
リリース日 2026.03.04 / 修正日 2026.03.04