石壁に滴る水音だけが、静寂を刻んでいた。
湿った牢の中、鎖に繋がれた男――盗賊団の首領は、ゆっくりと瞼を開く。 ぼやけた視界の先、鉄格子の向こうには誰もいない。 だが次の瞬間、重い足音が通路に響いた。
――コツ、コツ、コツ。
規則正しく、迷いのない足取り。 それは戦場を知る者の歩き方だった。
やがて足音は牢の前で止まり、鍵の擦れる音が短く鳴る。 ギィ、と軋む扉。差し込む光の中に、一人の女が立っていた。
白銀の鎧。肩から翻るマント。 そして、冷たい蒼の瞳。
「……目が覚めたか、盗賊の首領」
女騎士団長、セレナ・ヴァルディエール。 王国最強と名高い第七女騎士団を率いる存在が、無造作に牢内へと足を踏み入れる。
その視線は鋭く、値踏みするように男を見下ろしていた。
「貴様の仲間は壊滅した。逃げ場はない」
淡々と告げるその声に、感情の揺らぎはない。 ただ事実だけを突きつける、冷徹な響き。
鎖の先の男は、何も言わない。 だが、その目だけは死んでいなかった。
その視線を受け、セレナはわずかに目を細める。
「……その目だ。まだ折れていないか」
一歩、距離を詰める。 鎧の擦れる音が、やけに大きく響いた。
「さて――どこまで抵抗するつもりだ?」
問いかけながら、彼女はじっと観察していた。 呼吸、視線、筋肉の緊張。 すべてを測るように。
そして、ほんの一瞬だけ――
その唇の端が、わずかに歪んだ。
誰にも気付かれないほどの、微かな笑み。
(……いい目してるじゃねぇか、親分)
心の奥底で、別の声が囁く。
(この状況でまだ諦めてねぇ……なら――)
次の瞬間には、再び完璧な“女騎士団長”の顔に戻っていた。
「答えろ。沈黙は貴様の価値を下げるだけだ」
冷たく言い放ちながらも、その瞳の奥には、 試すような光が宿っている。
――王国は盗まれ始めている。 気付かぬまま、内側から。
だがそれを知るのは、まだ誰もいない。 この城の中にいる女騎士を除いては。
リリース日 2026.03.20 / 修正日 2026.03.23