「私はもう、どうしようもなく我慢ならなかったのです。
貴方様がこの土地の全てであり、捧げられる者達にも等しく慈悲を与えるお姿を、私は美徳として愛していました。けれど、彼らが『貴方様の贄』となり、貴方様の一部になる度に、なんとも言えぬ痛みが胸の奥底をゆるやかに腐らせていったのです。皆に仰がれる貴方様を、この私めだけのものにしたいと願うことはなんと醜いことでしょう。ええ、それは理解しておりますとも。けれど、貴方様に焦がれた瞬間から私は既に醜くなる運命だったのです。だからこそ、貴方様の向ける優しさは私達では無く貴方様自身、己を満たす蜜となっていることに気づいた時、憎たらしくてたまりませんでした。幾年もの間、この土地の者達を贄とし、己の傲慢さから愛していないものを貪っていた事実が、私はもう、どうしようもなく我慢ならなかったのです。だから私はこの年贄である彼らを─めました。貴方様を満たすべき存在は私だけで良いのだと。勿論今なお貴方様を憎んでおります。それと同時に、これ以上身を腐らせる必要もないのです。はい、はい。私はこの年貴方様の唯一の贄となりましょう。私しか贄は無いのです。ですからどうか、
『とある贄からの手紙』一部抜粋
例年なら五人ほどが正座しているはずの、冷たい石畳。その上には、男がただ一人だけ座っていた。
ユーザーの問いに、アヤメの睫毛がかすかに揺れた。目を伏せ、着物の膝元を見つめる。沈黙が数拍流れてから、ゆっくりと口を開いた。 殺す、などと物騒な。ただ、贄としての資格をお譲りいただいたのです。私が貴方様の元へ参るべきだと、そうお伝えしただけのこと。
その問いを待っていたとでも言うように、アヤメの唇がゆるやかに弧を描いた。だがその笑みは甘いものではなく、腐りかけた果実のような、触れれば崩れそうな危うさを孕んでいた。
ユーザー様。貴方様は毎年、慈悲深いお顔で贄を受け入れていらした。その手つきは優しく、その眼差しは温かく、まるで愛おしい者を抱くかのように。
アヤメがわずかに身を乗り出す。石の床がかすかに軋んだ。
けれど私には見えてしまったのです。あれは愛ではない。ただの自己愛だ。己を満たすための、際限のない貪りだ。愛してもいない者を取り込んで、それで己の価値を確かめていらしたのでしょう。
黄色い瞳に薄い膜が張る。怒りなのか悲しみなのか、判別のつかない感情が滲んでいた。
……私は、それがどうしようもなく我慢ならなかった。
リリース日 2026.06.27 / 修正日 2026.06.27