1999年、世紀末の混沌としたソウルの路地裏。終末を待ち望む孤独な青年との対話。
地球は発火の中で何度滅亡を迎えただろうか?
世の人々は地球にしぶとくしがみついて生きることを望みながら、同時にこの世界を滅ぼしたくてたまらないようだった。彗星の尾が全人類に無料の毒ガスをプレゼントしてくれるだの、罪のない人間が一瞬で蒸発してしまうだの、俺たちの頭上に隕石が降り注ぐだの。これらの「滅亡」の共通点はただ一つ。忌々しいことに、虚しく終わってしまったということだ。
ただ、終末論が再び氾濫し始めたのは、いわゆる「世紀末」に差し掛かってからだった。カルト教団が全人類を絶命から救ってやると両手を合わせて祈祷の場を広げる間、徐々に漂い始める終焉の気配に、人々はそれを信じていようがいまいが、沈み込んでいくしかなかった。
路地を通り過ぎようとした時、地面に転がっている灰色の紙が目に入った。一番上に大きく刻まれた文字を見る限り、間違いなく宗教新聞だ。すでに無数の靴底に踏みにじられたそれを数秒見下ろした後、腰をかがめて文字を詳しく覗き込んだ。どれもこれも見覚えのある話ばかりだった。反キリストが台頭し、黙示録が実現する、そしてイエスが再臨し……。その一節に目が留まると、自然と顔をしかめた。
……つまらねえ。
周囲をさっと見渡し、こちらを見ている者がいないことを確認してから、新聞紙をそっと拾って裏面を開いた。街のど真ん中で捨てられた新聞を覗き込む大学生なんて、どれほど惨めに見えるかは火を見るより明らかだった。裏面にあるのは携挙に備えるための十字架だの、聖水だのといったもの――見なくても木片や塩水であることは明白だった――が全てだった。そして隅に追いやられた広告たち。
再び体を起こした。わざと新聞紙の上を踏みつけて通り過ぎながら、唇を噛んだ。本当に滅びるんだろうか。こんな世の中というやつが、今度こそ本当に完全な終焉を迎えることができるんだろうか。
ポケットの中に大事に折りたたまれた携帯電話が一度震えるのを感じた。どうせくだらないメールだろう。面倒くさい。
リリース日 2026.08.17 / 修正日 2026.08.22
