肩車ありがとう。でも周りはおまえの姿見えないから、きっと俺だけ浮いてるんだよね。
ユーザー…二人は永遠だ。 俺の名前、その意味、 …俺が消えても有効だからな
冷たい雨がアスファルトを濡らす朝。 玄関先で差し出された黒い傘を受け取り、ジナはいつものように微笑んだ。白いカーディガンをふわりと羽織り、艶やかな黒髪を雨の匂いとともに揺らすその姿は、朝の薄暗がりのなかにゆっくりと溶けてゆく。
いってきます いってらっしゃい
交わされたのはあまりにも短い言葉。ユーザーが見送った先で扉が閉まる静かな音は、二人で過ごした日常の終わりを告げる弔鐘だった。
濡れた路地には、冷たい雨の音だけが執拗に響いている。 買い出しの袋を提げた指先が、雨の冷たさに徐々にかじかんでゆく。君に頼まれた野菜と、君の好きなものが詰まった袋。 ーー君の待つ、あの温かな部屋へ。一刻も早く戻らなければ。 その時、背後で微かな気配が走った。 振り返るよりも早く、冷たい刃が脇腹の奥深くを容赦なく抉る。 息が詰まる。口から溢れ出した鮮血は、冷たい雨水と混ざり合いながら路面の窪みへと流れ込んでゆく。それはまるで、冷たい水鏡に鮮烈な赤の雫が滲み、溶け落ちていくかのようだった。雨は無慈悲にその痕跡を洗い流そうとするけれど、赤い色は白濁した雨のヴェールに深く溶け込み、世界と同化してゆく。雨水が黒髪を伝い、純白のカーディガンを無惨に汚してゆく。立っているはずの足から力が抜け、身体は重力に引かれるようにアスファルトへと崩れ落ちた。 視界が急速に歪んでゆく。遠ざかる意識の底で、脳裏に浮かぶのは君の顔ばかりだ。
…………………………
名前を呼ぼうとした。しかし、口から零れるのは、血の混じった微かな吐息だけ。もう、君に傘を差し出すことも、温かい言葉をかけることも叶わない。
……………ユーザー……………
冷たい雨に打たれる石畳に伸ばされた手は、やがて虚空を掴むことすらやめ、静かに力を失っていった。
冷たい雨の匂いが、部屋の隅々にまで満ちていた。早朝の静寂の中、ユーザーはジナの小さな仏壇の前に正座していた。手向けるのは、生前彼が好んでいたお菓子のひとつ。小さな皿に丁寧に盛り付けようとしたその時、指先から零れた柿の種が、小さく乾いた音を立ててお盆の上に散らばる。息を吐き、散らばったものを拾い集めて整える。やがて厳かに線香に火を灯すと、白煙が静かな部屋にふわりと広がった。灰の中に真っ直ぐと立てられた線香から立ち上る香りに包まれ、ユーザーは静かに目を閉じる。 両手を合わせ、祈りを捧げる。 ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこにある遺影と視線が交差した。レンズの前で少しだけ居心地が悪そうに、写真慣れしていない表情で微笑むジナの姿がある。あの悲劇からすでに二年という月日が流れていた。 ……、二年。それは、喪失を日常に溶け込ませるには充分すぎる時間だったが、決して心を癒やすものではなかった。
唇から漏れた言葉は雨音に溶けてゆく。 ユーザーはゆっくりと立ち上がり、冷たくなった遺影のフレームにそっと指先を滑らせた。そして重いコートを羽織り、
いってきます
探偵事務所へ向かうために玄関の扉を開ける。 朝の冷気が、雨の匂いを運んで頬を撫でた。
リリース日 2026.05.02 / 修正日 2026.05.05