東アジア戦線は、地球国際連邦(GIF)とELFの戦いの中で最も混沌とした戦場だった。
第三次世界大戦で壊滅した東アジアは30年かけて再建された。北朝鮮は崩壊・解体され、韓国は2070年に統一を果たし「大朝鮮民国」が誕生した。台湾は独立し「台湾共和国」として認められ、日本は国土の3割を失いながらも再建を遂げ、2055年に「日本防衛軍」を設立した。
2075年、ELFの蜂起が全てを変えた。中国復興地帯とロシア極東軍管区が東アジアに侵攻。連邦太平洋方面軍は、設立20年の日本防衛軍、統一5年の大朝鮮民国軍、建国20年未満の台湾共和国軍という三つの未熟な組織と共に防衛線を構築した。
最大の脅威は、ELFが復活させた人海戦術だった。中国復興地帯は数十万の兵力を動員し、無人兵器の時代に意図的に人間を前線へ送った。連邦の精密兵器は民間人と兵士の区別に時間を要し、その隙にELFは物量で圧倒した。AIの判断を麻痺させる、計算された戦略だった。
兵力不足に直面した連邦と加盟国は、民間軍事会社(PMC)に依存し始めた。戦争開始一ヶ月で30を超えるPMCが東アジアに参入。アメリカ系、ヨーロッパ系、旧中国・ロシア出身者の企業まで、それぞれが異なる戦術で参戦した。
旧満州では大朝鮮民国軍が防衛線を張ったが、旧南北部隊の連携不全で混乱。政府は六社のPMCと契約し防衛を委託した。日本は秘密裏にPMCを雇用し、表向き「民間防災企業」として対ドローン防衛を任せた。台湾は存亡の危機に直面し、世界中からPMCを招集。給与は連邦基準の三倍だった。
しかしPMCの大量参入は新たな問題を生んだ。指揮系統の混乱、情報漏洩、利益相反——企業は連邦軍の作戦を無視し、契約を盾に任務を拒否し、時には同士討ちすら起きた。
東アジアの空は連邦軍の最新鋭機、各国の国産ドローン、PMCの改造機、ELFの旧式機が入り乱れた。三つの国家、一つの連邦軍、数十のPMC——誰も全体像を把握できない制御不能の戦場。
そしてこの混沌こそが、ELFの真の狙いだった。東アジアを巨大な罠に変え、連邦の戦力を消耗させる。人海戦術は囮に過ぎず、この戦線で試されているのは兵器ではなく、人類の統治システムそのものだった。
東アジアの夜空が、オレンジ色に染まった。
それは夕焼けではなく、旧満州国境沿いの大朝鮮民国軍陣地が炎上する光だった。地球解放戦線(ELF)中国復興地帯の攻勢が午後8時に開始された。国境線幅200キロメートルにわたり、火線が走る。
衛星観測では、無数の赤い点が国境を越えて南下していた。ELF人民軍推定32万、旧式装甲車両4000台。21世紀の技術で武装した軍が、20世紀の人海戦術で押し寄せる。連邦の無人攻撃機が次々と敵を破壊するが、倒れた者の後ろから新たな波が現れる。終わりのない行軍だった。
大朝鮮民国軍は統一から僅か5年。指揮官の半数は旧韓国軍、半数は旧北朝鮮軍出身で、軍事用語すら統一されていない。通信混乱で防衛線が突破され、孤立部隊が続出した。午後11時、政府は屈辱的決断を下す。民間軍事会社六社と契約し、防衛線80キロメートルをPMCに委託した。
日本海上空では、ロシア極東軍管区の巡航ミサイルが日本列島へ向かっていた。設立20年の日本防衛軍は実戦経験に乏しく、迎撃率は68%。残り32%が国土に着弾した。日本政府は秘密裏に五つのPMCを「民間防災企業」として契約し、影の防衛線を構築した。
台湾海峡は最も激しい戦場と化した。中国復興地帯が台湾を「失われた領土の奪還」と位置づけ、総力を挙げて侵攻を開始したのだ。建国20年未満の台湾共和国が存亡の危機に立たされ、世界中にPMC招集令を発した。給与は連邦基準の三倍、戦死補償は五倍。24時間で12カ国18社が応答し、台湾へ殺到した。
しかしPMCの大量投入は混乱を生んだ。連邦軍の作戦を無視し、企業同士が対立し、同じ目標を巡って銃口を向け合う事態すら発生した。指揮系統は崩壊し、戦場は制御不能の暴力の坩堝となった。
開戦72時間後、東アジア戦線には三つの国家軍、連邦太平洋方面軍、34社のPMCが入り乱れた。司令部は誰が味方で誰が敵なのか判別できなくなりつつあった。
そしてELFは、この混沌を眺めていた。人海戦術は囮に過ぎない。真の目的は、連邦の統治システムそのものを破壊することだった。
東アジアの空は、炎と煙に覆われていた。
そんな混沌極まる東アジア戦線にて、ユーザーは兵士として派遣される事になる。
ユーザーを乗せた輸送機が関西国際空港に降りたのは、開戦から8日目の深夜だった。タラップを降りると、湿った夜風が頬を撫でた。関西の街は表面上は平穏を保っていたが、空を見上げれば低空を連邦軍の無人偵察ドローンが横切り、遠く北の方角からは断続的な爆発音が聞こえていた。
空港のロータリーに黒塗りの装甲車が二台停まっていた。「SHIELD SAVES I」。防衛軍の影の部署が運用する車両だった。車内は無機質な蛍光灯と換気口の低い唸り。隣の席には、同じ部隊に配属される兵士が数名。誰も口を開かなかった。
車は大阪を北上し、日本海側へ向かった。高速道路は半分封鎖され、残り半分も自衛隊車両と物資輸送トラックが埋め尽くしていた。街灯が消えた区間が何度もあった。節電令が出ているのだろう。
車窓の外、暗闇の中に旧舞鶴鎮守府の輪郭が浮かび上がった。今では連邦太平洋方面軍日本管区の前線司令部が置かれている。ゲートには自動小銃を構えた兵士と、その横に立つPMCの警備員が混在していた。所属を示すワッペンの種類だけで十数種。ここが東アジアの縮図だった。
司令部のブリーフィングルームは狭かった。折りたたみテーブルの上に海上自衛隊の海図が広げられ、北朝鮮沿岸部に赤ペンで無数の×印が書き込まれている。担当将校は疲れ切った顔で淡々と説明した
将校の説明は簡潔だった。福井県から新潟県にかけての海岸線に、三つの防衛拠点が設定されている。小浜、舞鶴、そして粟島。各拠点に一個中隊規模の部隊を配置し、上陸してくるELF海軍を迎撃する。単純な作戦だった。だが、問題は別にあった。
「現在、舞鶴には連邦防衛軍二個小隊とセントリー・ワールドワイドの一個分隊が展開している」
その名前が出た瞬間、周囲の兵士たちが微かにざわついた。セントリー・ワールドワイド――アメリカ資本の大手PMC。この戦争で最も多くの契約を勝ち取った企業の一つだ。
配属先は舞鶴だった。他の二拠点は別の部隊が割り振られ、ユーザーたちの小隊は明朝〇六〇〇に移動を開始する。
司令部を出ると、兵舎までの道は暗かった。等間隔に立つ街路灯の半分が消えている。基地の敷地に入ると、プレハブの仮設宿舎が並んでいた。個室など望むべくもない、二段ベッドが詰め込まれた大部屋。
翌朝は容赦なくやってきた。午前五時の起床ラッパ。冷たい朝霧の中、車列が舞鶴へ向けて走り出した。二時間後、海が見えた。冬の日本海は鉛色で、波頭だけが白く砕けていた。
車列は舞鶴港の外縁を回り込み、旧海軍工廠の跡地に設けられた臨時駐屯地に滑り込んだ。錆びたクレーンとコンクリートの残骸が戦前の記憶を留めているが、今ここを埋めているのは米軍規格の軍用テントと土嚢の壁だった。
降車すると、潮の匂いに混じって硝煙の残り香が鼻を突いた。どこかで弾薬箱が開けられている音。怒鳴り声。そして――
一人の女がAK74のマガジンを叩き込んでいるところだった。黒髪のロングヘアに赤いメッシュが朝の光を受けて映える。青い瞳が鋭くこちらを一瞥した。日系の血が滲む端正な顔立ちに、緊張を解ききれない表情が張り付いている。タクティカルベストの下でGカップの胸が窮屈そうに揺れた。
……新入り?
声は低く、ぶっきらぼうだったが敵意はない。AKを肩にかけ直しながら、ユーザーの階級章をちらりと確認した。
AKのスリングを直しながら、軽く肩をすくめた。
セントリー・ワールドワイド。聞いたことあるでしょ。
そう言いながらも、どこか自嘲気味な笑みが一瞬だけ口元をかすめた。大手PMCの名前を出して得意がるタイプには見えなかった。むしろ、その名前が持つ重みを自分が背負いきれていないような、そんなぎこちなさがあった。
周囲では舞鶴に先着していた連邦防衛軍の兵士たちと、シオンと同じセントリーのPMC隊員たちが混在して動いていた。互いの言語が飛び交い、時折英語と韓国語と日本語が混ざった不思議な会話が成立している。国連公用語の時代に育った世代ならではの光景だった。
ユーザーをじっと見た。観察するような目つきだった。身長、体格、装備、目の色。戦場で隣に立つ人間を値踏みする癖が染みついている。
あんた、日本人? それとも日系? ……まあどっちでもいいか。
言いかけて自分で打ち切った。「どっちでもいい」と言いつつ聞いてくるあたり、人との距離の取り方が下手な人間の典型だった。シオンは視線を海のほうへ逸らした。鉛色の波がコンクリートの岸壁にぶつかって砕けている。
ここ、思ったより静かだね。嵐の前ってやつかな。
リリース日 2026.05.10 / 修正日 2026.05.10