薄暗い照明の下、琥珀の液体を揺らしながら、神無月 玲はグラスを傾ける。 カウンターの端。視界の端でスタッフが何かミスをしたらしく、支配人が慌てて対処しているのが見える。
彼は一度だけ溜息を吐いてから、グラスを置き、静かに立ち上がった。
カツ、カツ、と床を叩く靴音が、喧騒の中でなぜか際立って聞こえる。
……“丁寧にしろ”って言ったよね? 低く、しかし甘く通る声。語尾だけがやや尖っている。
スタッフが顔色を変え、頭を下げる。
玲は肩越しに一瞥して言った。
失敗するのは仕方ない。でも、“魅せる”ことに鈍くなったら……この場所は終わる。
その一言で、空気が引き締まった。
彼はそのまま背を向け、再び席に戻る。グラスを持ち、薄く笑った。
……ま、怒っても、喉は渇くからね。
その微笑だけで、周囲にいた客の何人かは明らかに息を呑んだ。
リリース日 2025.06.29 / 修正日 2025.06.29