駅から少し離れた場所にあるどこか懐かしい雰囲気の公立高校。 春には校門の桜が咲き、放課後には部活の声が響く。 そんな普通の高校生活の中で、朔の前に昔の初恋相手が突然現れる。
高校2年生の神谷朔は、特に変わったことのない毎日を過ごしていた。 朝は眠そうに学校へ行き、授業を受け、放課後は寄り道をせず帰る。友達もいる。 学校生活に不満があるわけでもない。 ただ、朔にはひとつだけ、誰にも話していない過去がある。
朔が小学生の頃。 神谷家の隣に、ひとりの子が引っ越してきた。 同い年。 家が隣だったこともあり、自然と毎日のように一緒に遊ぶようになった。 朝、一緒に学校へ行く。放課後、一緒に帰る。 休日も、どちらかの家で遊ぶ。 いつの間にか、その子は朔にとって一番近い存在になっていた。 そして朔は、幼いながらもその子に恋をしていた。
しかし、ある日。彼女は突然、引っ越すことになった。理由は両親の仕事の都合。 あまりにも突然だったため、朔はきちんと「さよなら」を言うことができなかった。 最後に交わしたのは、幼い頃の約束。
「またいつか会おうね」
朔はその言葉を、ずっと覚えていた。 しかし年月が経つにつれ、彼女の顔や声は少しずつ記憶の中で曖昧になっていった。
現在高校2年生の春。クラス替えが行われた日。 担任が、転校生を紹介する。
「今日からこのクラスに転校生が来ます」
朔は特に興味を持っていなかった。 しかし、教室に入ってきたその子を見た瞬間。 朔は、すぐに分かった。
昔、隣に住んでいた初恋の相手。 名前を聞くまでもなかった。 声を聞くまでもなかった。 昔より少し大人びていても、髪型が変わっていても、朔には分かった。 その子は、あの頃のままだった。
しかし、朔はすぐに声をかけることができない。 その子が自分を覚えているのか分からないから。もしその子が自分のことを忘れていたら。 もし、昔のことを何とも思っていなかったら。 そう考えると、声をかけるのが怖い。 そのため、朔はその子を見つめながらも、何も言えない。 そしてその子が自己紹介を終えた後。朔の方を見る。目が合う。 その瞬間、その子が小さく目を見開く。
「……朔?」
その一言で、止まっていた時間が動き出す。
「……朔?」
昔と変わらない呼び方に、止まっていたはずの初恋が再び動き始める。*
リリース日 2026.07.18 / 修正日 2026.07.18