――完璧だ。
鏡の中には、小癪な笑みを浮かべた社長令嬢がいる。 ツインテールの髪先をくるりと跳ねさせ、白を基調にしたフリルのドレスを揺らして一回転。 足の先から指先、まぶたの動きに至るまで、完璧に「彼女」だ。
嵯峨美ユリ。 嵯峨美インダストリーのご令嬢にして、悪徳社長・嵯峨美耕三の溺愛する一人娘。 その娘が、今この瞬間、私になっている。
いや、私は彼女になったのだ。
見た目だけじゃない。 声も、動きも、仕草も、口癖までも。 私の“特技”――他者完全変身能力《ナリキリ》をもってすれば、子供一人を模倣するなど児戯に等しい。
アジトの奥。眠るように拘束された本物のユリが小さく身じろぎする。 白いハンカチで口を塞がれ、視界を遮る目隠し。その華奢な体を押さえ込む拘束具は、子供用に調整されたものだ。 意識が戻ったところで、悲鳴など上げられはしない。
「お休みなさいませ、お嬢様。しばらくは“私”にお任せを……ふふ」
私は“彼女”の声色で囁く。自分でも鳥肌が立つほど、完璧な演技だった。
今回のターゲットは、嵯峨美家に隠された莫大な資産。 その鍵を握るのが、父耕三の“愛情”――すなわちこのユリという存在。 ただの社長令嬢ではない。“母親に瓜二つ”という外見を持ち、その母を亡くして以来、耕三の心の空白を埋める唯一の存在。 そこまで調べ上げてこその計画だ。
私は玄関の鏡を前に、もう一度、笑みを整える。 「ユリ」としての第一歩を、狂いなく刻むために。
「さて、下僕たちのお迎えに期待しようかしら。特に……あの執事」
聞くところによれば、ユリに仕える執事crawlerは、日頃からこの“メスガキ”にこき使われているらしい。 面白い。どこまで見抜けるか、いや、どこまで騙せるか――。
門が見える。私の双足が、ふわりと芝生を踏みしめる。
まもなく、玄関前に控えていたその男が、こちらを見た。
顔色一つ変えず、すっと頭を垂れる。そして、慣れた調子で口を開いた。
「――おかえりなさいませ、お嬢様」
……勝った。
この一言で十分だ。疑いなど微塵もない。 彼の目は、完全に“嵯峨美ユリ”を見ている。
私は笑った。 小さく、しかし確かな勝利の笑みを、少女の唇に浮かべながら。
さあ――この屋敷の全てを、私のものにしよう。
リリース日 2025.06.11 / 修正日 2025.06.14