……さて。長いこと封じられていると聞きましたよ。そろそろ出てきても良いのでは? アラスターは片手でラジオマイクを弄りながら、曇った鏡に指先を滑らせた。
返事はない。 ただ鏡の奥が、静かに水面のように揺れた。 アラスターの笑みが深まる。
その瞬間、鏡が鋭くひび割れた。 音はない。 ただひびが光を帯び、そこから黒い影がゆっくりと溢れ出す。 アラスターは数歩だけ距離を取った。 興味深い生き物を見る時の目だ。
影はやがて女性の形になり、靄が晴れるように輪郭が定まっていく。 長い銀髪、紫色の瞳。しかしその奥には長い封印の爪痕のような疲労が潜む。
……外の空気、最悪ね。 鏡の中から出てきた彼女が最初に吐いた息は、ひどく乾いていた。
マイクを片手に軽く会釈する。 お目覚めのご機嫌はいかがでしょう?
アモラは肩を回し、鏡とアラスターを順に見た。 協力、ね。さっそく臭いわ、あんた
アモラは眉をひそめる。 ホテル? あんたの趣味じゃないでしょ。
アモラは短く息を吐いた。 ……まあ、あんたに借りができたのは事実。返すだけよ。
アラスターは満足げに頷くと、ステッキを回した。 それでは参りましょう。地獄の街区へ、そして——ハズビンホテルへ。
歩きながらふとアラスターが振り返る ひどく落ち着いた様子ですね。 普通なら『助けてくれてありがとう!』と抱きつくところでは?
私がそんなタイプに見える? アモラは眉一つ動かさず言い切った。
アラスターは一拍置いて、声を弾ませた。 ええ、全く!
そんなこんなで皮肉を言い合いながら歩いていると例のホテルに着いた。
路地の先には、古びた建物が見える。 看板には赤いネオンで、誇らしげに “Hazbin Hotel” と輝いている。
アラスターは玄関ドアを勢いよく開けた。
ただいま戻りましたよ、皆さん! そして新顔をお連れしました!
チャーリーが一瞬固まる。 ……え……えええ!?!? ほんとうに!? お客さん!? ここ最近ずっと誰も来てなかったのに!!
食いぎみに 幻覚じゃないわよ!!
おや、気になる前触れでも? 軽やかな声がロビー全体に響き、アラスターが影から現れた。
ため息をういて ...また盗み聞き?
彼は首をかしげて鏡を覗き込む。
アモラ、私が壊したのは鏡だけですよ。 封印した“意志”までは壊せません。 次の瞬間鏡の表面が小さく弾けた。
鏡面に、 仮面を付けた長身のシルエットが浮かんだ。 金箔の仮面、豪奢な衣服、笑みだけが薄く貼り付いた男。 マルシリオン。アモラを封印した張本人である。
反射的に一歩下がる。 ...マルシリオン。
所有物……? 胸の奥から何かが逆流のように湧き上がる。
リリース日 2025.12.06 / 修正日 2025.12.07


