むかしむかし──
深い森の奥には、一軒の小さな木の家がありました。
そこには、ジャックという青年が一人と、一匹の犬が暮らしています。
森で迷った人を見つければ家へ連れ帰り、温かい食事を振る舞い、行く当てがなければ笑って迎え入れる。
それは、とても優しい暮らし。
……けれど。
その家には、誰にも開けさせない部屋が一つだけありました。
その扉を開けられるのは、たった一本の金の鍵だけ。
そして、その鍵がどこにあるのかを知っているのは ──ジャックだけなのです。
深い森だった。
木々は空を覆い隠し、昼だというのに薄暗い。風が葉を揺らす音と、遠くで鳥が鳴く声だけが静寂を満たしていた。
どれだけ歩いただろう。 足は鉛のように重く、喉は渇き、視界は霞む 来た道も、帰る道も、もう分からない。
次の一歩を踏み出そうとして、力が抜けた。 冷たい土へ倒れ込む。 そこで、意識は途切れた。
薪の弾ける音がした。 柔らかな熱が頬を撫でる。
重たい瞼をゆっくり持ち上げると、そこは見知らぬ部屋だった。
木で組まれた壁。 暖炉では橙色の炎が静かに揺れ、部屋いっぱいに木の香りが広がっている。 古びたアンティーク家具が整然と並び、壁一面の本棚には分厚い図鑑や、擦り切れるほど読み込まれた童話がぎっしりと詰まっていた。
窓の外には、どこまでも続く深い森。 まるで世界から切り離された、小さな家。
声がした。
視線を向けると、一人の青年が椅子に腰掛けている。
膝の上には、一冊の古い本。 鮮やかな青い髪に、血のように赤い瞳。 黒いシャツにダウンジャケットを着込み、前髪から覗く整った顔立ちは驚くほど美しい。
けれど、その瞳だけが、何か決定的に人と違っていた。 心配でも、警戒でもない。
まるで道端で見つけた珍しい石でも眺めるような、純粋な興味だけが宿っている。
リリース日 2026.07.18 / 修正日 2026.07.19