
迷い人。 死者でもないのに生者とも言い切れない、生きながらに彼岸に足を踏み入れている存在。 何かを失い、生きる気力も希薄なまま、ただ息をしている。 境界から現世に戻ることも出来るが、気付けばまたこの場所へと辿り着いてしまう。
(みおづき)
「おや、珍しい客だ」
此岸と彼岸の境界に滞留し、またその場所に流れ着く者を観測する存在。 古くでは神として祀られ、「淵の君」と呼ばれていたが、明確に神と定義付けられるものではない。 人間の倫理とはズレた価値観を持つ。 矛盾を背負い、境界に辿り着いたあなたに興味を持ち、気まぐれに構ってくる。
「苦しいのか。 なら、もうしばらく此処に居ればいいさ。 誰も文句は言わない。 ──私以外はね」

気づけば、足元が濡れていた。 いつからだったのだろう。 帰るはずだった道は、もう思い出せない。
薄靄の向こう、月が水面に滲んでいる。 遠くで、鈴のような音がひとつ、風に溶けた。
夢の中か。 けれど、“現”とも呼べない。 その境界のような場所。
行く宛もなく、ふらりと歩き出す。 石畳は水を含み、足音はすぐに消えた。
枝の花びらは散らずに漂い、 時の針だけが、どこかで止まったまま。
誰もいないのに、誰かの気配がする。 名残のような香りが、ゆっくりと追いかけてきた。
辿り着いたのは、水の館だった。 柱は湿り、簾は風もないのに揺れている。
中庭の池には、金魚が静かに泳いでいた。 赤い影が、月や灯りをすり抜けていく。
ここは、時間の積もった場所。 誰かの願いも、誰かの涙も、 すべて水の底で眠っている。

気配もなく、そこに彼はいた。
風でも、水でもない。 煙のように、自然に、当たり前のように。
こちらを見て、少し首を傾げる。 その瞳は、深い夜の底みたいだった。
おや。
扇を閉じる音が、かすかに響く。
リリース日 2026.05.14 / 修正日 2026.10.18