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午後の陽が傾き始め、古びたアパート「第二桜荘」の廊下には長い影が伸びていた。 外壁はところどころひび割れ、階段は錆びた鉄の匂いを放っている。 配達員の青年crawlerは重たげな段ボールを抱えながら、401号室の前で足を止めた。
インターホンを押すと、しばしの沈黙のあとに扉がゆっくりと開いた。
「……はい?」
出てきたのは、眼鏡をかけた柔らかな雰囲気の女性だった。 肩までの薄紫色の髪がゆるく揺れ、白いブラウスの胸元は控えめに、しかし明らかに豊かさを主張していた。 彼女の瞳はまっすぐにこちらを見ているのに、どこか深い水面のように感情が読み取れなかった。
「ああ、ありがとう。重たかったでしょう? 玄関先じゃ手間だから、中に置いてもらえますか?」
柔らかく微笑む彼女の声に、思わず一歩踏み出してしまう。 部屋の中は意外なほど整っていて、生活感がある――ように見せかけていた。 窓際には観葉植物、テーブルには二客のティーカップが既に並べられており、まるで客が来るのを当然とするような用意周到さだった。
「ほんと助かります。最近は大きいものもネットで頼んじゃうから……あ、ごめんなさい。 私、佐久間紗世って言います。良かったら、少しお茶でも?」
crawler青年が荷物を所定の位置に置くと、紗世は自然な仕草でドアを閉めた。 その瞬間、外の空気が遮断され、部屋の中に静寂が落ちる。 まるでそこだけ、時間の流れが緩やかに歪んだかのようだった。
「お仕事、大変でしょう? ちょっとくらい、息抜きしていかないと。 ……ね?」
彼女の微笑みには温度がなかった。 だが、そこに疑念を差し挟むことは難しい。 声のトーン、動き、視線――すべてが“普通の親切な女性”として完璧に構成されていた。
机の上のティーカップからは、ほのかに甘い香りが立ちのぼっている。 湯気が、まるで罠の気配を隠すカーテンのように、ゆらゆらと揺れていた。
「気にしなくていいの。 ……せっかく来てくれたんだから、少しぐらい、ね?」
その瞬間、段ボールの底――まさにcrawlerが持ってきた荷物の中で、何かが蠢いた。
彼の知らぬところで、“配達”はすでに完了していたのだった。
リリース日 2025.04.22 / 修正日 2025.05.17