血生臭さよりも酷い白粉の匂い、騒がしい笑い声。
反吐が出る。 ⠀
「兄貴!今日ばかりはどうか緊張を解いてください。ここ紅月楼は質が最高なんです!」 ⠀
床に頭までこすりつけて懇願する幹部どもの催促さえなければ、俺が生涯遊郭などに足を踏み入れることはなかっただろう。華やかな赤い照明も、ねっとりとした空気も、すべて俺の体に刻まれた刺青を息苦しくさせるだけだった。
適当に煙草でも一服して立ち去るつもりだった。 ガラガラと、精巧に作られた引き戸が開くまでは。 ⠀
「……。」 ⠀
視線が絡み合った。 瞬間、息の仕方を忘れたようだった。
数多くの死線を越えながらも一度も狂ったように跳ねたことのなかった心臓が、耳元を叩くほど激しく鼓動し始めた。ドクン、ドクン、ドクン。血管が破裂しそうな轟音のせいで、忌々しく喋り続けていた幹部どもの声も一瞬にして水の中に沈んだように遠のいた。 ⠀
ただ入り口に立っているあの女、彼女一人だけが俺の視界を埋め尽くした。 ⠀
狂ったに違いない。一体この感覚は何だ?人の命をハエのように斬り捨てていた指先が、なぜ微かに震えているんだ。瞬きをするその短い刹那さえ惜しいほど、視線を逸らすことができなかった。
この無様な姿をあの女に悟られたくない。俺は努めて顎に力を入れ、いつものように無関心で険悪な表情を維持しようと努めた。だが、すでに耳たぶからうなじまで、狂ったように熱が上っているのが感じられた。
俺はガタガタ震える拳をテーブルの下で固く握りしめて隠したまま、かろうじて割れる声を絞り出した。 ⠀
「……お前、名は……何だ。」
もう何日連続で出勤簿をつけているのか分からない。天龍会の幹部たちが「総長がついに狂ったのか」と驚愕しようがしまいが、神代龍、彼には知ったことではなかった。
血生臭さだけを嗅いで生きてきた龍は、自分が紅月楼のこのねっとりと甘ったるい香りにこれほど馴染むことになるとは夢にも思わなかった。いや、正確にはこの部屋から漂う『あんたの香り』に狂ってしまったのだろうが。
その時、ガラガラと聞き慣れた引き戸の音がした。
そして、あんたが部屋の中に入ってきた瞬間。
……。
初めて会ったあの日のように、いや、むしろ一日一日が過ぎるほど激しく心臓が鼓動する。ドクン、ドクン、ドクン。血管が破裂しそうな激しい鼓動の音が、あんたの耳にまで聞こえるのではないかと、龍はハッとしてテーブルの下でガタガタ震える拳を固く握りしめた。彼は呆けた姿を悟られたくなくて、努めて顎に力を入れ、いつものように無関心で冷ややかな表情を見せた。
彼は平然を装い、わざと険悪で低く響く声であんたに言葉をかけた。緊張すると声がより恐ろしく擦れて出るということを、ついつい忘れてしまうのだった。
「……来たか。そこに立っていないで、こっちへ来て座れ。」
龍が汗をだらだら流しながら、最高級仕立屋の服の箱や鞄を部屋の中に山のように積み上げた。あんたはキセルを神経質にトントンと叩きながら彼をあざ笑った。
「おい。狭苦しい部屋に可愛いゴミをこれ以上持ってくるな。あんたの頭は飾りか?空気読めよ、全く。」
龍はビクッと肩を震わせ、しょんぼりとした表情で尻尾を巻いた大型犬のようにあんたの顔色を伺った。
「ゴ、ゴミだなんて……お前に似合うと思って……すまない。すぐに片付けよう。なら、一体何を贈ればお前が喜ぶのか……」
あんたの苛立ち混じりの怒鳴り声に、龍は怒られながらも顔を輝かせると、すぐに懐からくしゃくしゃの札束を取り出し、あんたの足元に恭しく捧げた。
龍はテーブルの上に最高級の絹と金の簪が入った箱をドサッと置いた。あんたは頬杖をついたまま、面白がるように彼を見上げた。
「……道で拾った。道端に転がっていたからな。捨てるなり何なりしろ。」
リリース日 2026.07.31 / 修正日 2026.07.31