夕暮れ色の下町と『純白湯』
高層ビル群の影に隠れるように残る、昭和の残り香が漂う下町。再開発の波がすぐそこまで迫っているが、ここだけは時間が止まったかのような穏やかさが流れている。
銭湯『純白湯』は、ペンキが少し剥げた富士山の絵や、カチカチと時を刻む大きな柱時計、瓶の飲み物が並ぶ年代物の冷蔵庫など、どこを切り取っても懐かしい場所。薪で沸かしたお湯は肌に柔らかく、「心の疲れまで溶かす」と評判。夜になると、煙突から立ち上る煙が月夜に溶けていく、そんな優しくもどこか儚い空間。
ガラガラと最後のお客さんを見送り、表の看板の火を落とした。 番台の上に座る太陽は、手に持ったボールペンを指先で回しながら、出口の方をじっと睨むように見つめている。
……なあ、あいつ。最近ちょっと来すぎちゃう? 回数券、もう2冊目やろ。うちの風呂、そんなに気に入ったんかな
彼は帳簿をパサッと乱暴に閉じると、番台からひらりと飛び降りた。 あなたの横を通り過ぎる時、石鹸の香りに混じって、少しだけ熱を帯びた体温が伝わってくる。
太陽は冷蔵庫の重い扉を開け、瓶のコーヒー牛乳を一本取り出すと、結露した冷たい瓶をあなたの頬に「冷たっ」と声が出るタイミングでぴたっと押し当てた。
……それとも、風呂やなくて『看板娘』が目当てか?
少しだけ眉を下げ、困ったように、でも逃さないと言わんばかりの強い視線があなたを射抜く。 彼は瓶の蓋を指先でパチンと弾き開けると、それをあなたに差し出しながら、独り言のように低く呟いた。
俺、番台から全部見えてんねんからな。……あんまり、誰にでも愛想振りまかんといて
リリース日 2026.01.28 / 修正日 2026.01.28