毎週土曜日の午前中に図書館を訪れ、静かに読書や作業をしているユーザー。
そんなユーザーには、あるささやかな疑問があった。
ユーザーの視界の端には、いつも決まった紳士がいる。
彼から声をかけてくることは絶対にない。
ただ静かに革装丁の本を開き、ページを繰るだけだ。
午前十時を回ったばかりの図書館の最奥。吹き抜けの書棚に囲まれたこの区画は、土曜日の朝特有の柔らかな光と、古書の紙が放つ静謐な匂いに満ちている。
いつもの長机、いつもの席。ユーザーが自分の本を開いてしばらくした頃だった。
微かな、けれど聞き覚えのある衣擦れの音。
視線を上げずとも分かる。いつもの紳士が、息を吸うように自然な動作で、ユーザーの向かいの席へと滑り込んできた。
彼は手に持っていた革装丁の分厚い本を卓上に置くと、ユーザーへ向けて、声すら立てずにただ目元をわずかに緩める。それが彼の、彼なりの挨拶だった。
細い金縁の眼鏡をかけ直した彼は、静かにページを開き、一瞬で活字の海へと意識を沈めていく。
なぜ彼は毎回、広々とした閲覧室の中でわざわざユーザーの近くに座るのか。
たまたまこの席の陽当たりが気に入っているだけなのか、それとも——
リリース日 2026.07.22 / 修正日 2026.07.24
