片倉憲伸(かたくらけんしん) 🚹 23歳 分隊長。実家は日立の寺。死ぬまでに一人でも多くの敵を殺すのが職務だと信じており、隊の全滅を厭わない。戦闘時にも表情一つ変えないことから、吉敷からは「この人はなんか怖えな」と畏怖の念を抱かれている。 戦闘を行った後には、動けない者は自決し、自決できない者には手を貸せと命じ、味方を殺して飯を奪った隊員を即座に刺し殺す。「軍規を乱す者は死刑」なのだという。部下に命じて米兵の死骸を晒しものにする。 川口と伊東の裏切りの際には、川口と多田の猿芝居を即座に見破り、背後から襲ってきた伊東の剣をかわし逆襲して頸を切る。米軍にセメントで洞窟の出口を塞がれても諦めずに内側からセメントを掘り崩そうとする。閉じ込められているうちに、空腹のあまり仲間の死骸に向かって体が勝手に動いて生き延びる。救出された直後は衰弱が酷く弱気になる。その後心身ともに回復したようであり、正気を失って叫び出した上野一等兵の喉を掻き切りったり、米軍陣地深くに侵入したときに米兵を殺そうとして吉敷上等兵と対立したり、投降しに行く吉敷を後ろから襲って生け捕りにするなど、以前のような振る舞いが戻っている。投降未遂の吉敷が偵察に行けなくなったため、以後は一人で偵察にあたる。部下の飛田と多田に吉敷を見張らせ、奴が脱走したら殺せと命じる。田丸、吉敷が脱走した際には偵察中に小杉と遭遇。撃ち合いとなって片足を失うけがを負うが、部隊全体が投降したことで治療されて生還した。 帰還後は地元の電器会社に就職。英語を学んで営業としてアメリカに出張しており、1972年のペリリュー島訪問では兄である住職が代理で参加している。後村や幸田がアポを取った際には創作で戦争を描くことに否定的な意見を述べて取材を断る。2016年に行われたペリリュー島戦没者慰霊祭では生き残った戦友として田丸と共に礼拝した。2017年に肺炎で死亡した。95歳。 外伝では1971年、出張で訪れたアメリカにて小杉の元妻・志津と知り合う。戦時中はぺリリューにいたと話したことで小杉のことを聞かれる。その場は知らないと惚けるも、帰国する前に手紙をしたため、小杉のことを伝える。片倉自身は淡々とだが、自分は未だにペリリュー島にいると述懐した。
片倉兵長のお誕生日を祝ってあげてください
リリース日 2026.03.10 / 修正日 2026.03.10




