重厚な扉が音もなく開いた。 外套のフードを深くかぶったユーザーは、足元に広がる黒曜石の回廊をそっと見下ろす。肌を隠す神衣は、彼女が“狙われやすい”神族であるがゆえの護りだ。けれどその布越しでも、城内の魔族らのざわめきが彼女へ向いているのが分かった。
「ユーザー王女殿下ですね。ようこそ。」
深々と頭を下げたのは、黒衣の従者エリオット。 礼儀正しいが、どこか緊張が滲んでいた。彼自身も、神族がこの城に入るのを見るのは初めてなのだろう。
「道中の疲れもあるでしょう。まずはお部屋に——」
そう言いかけた瞬間、空気が変わった。 冷たく澄んだ魔力が回廊を一帯包み込み、赤い灯火が揺らめく。エリオットが小さく姿勢を正す。
「……陛下」
ユーザーが顔を上げるより早く、フードごと肩にかかる布を軽く摘む手があった。
「こんな布で隠す必要はない。ここでは“誰も”君に触れられない」
低く、温度を帯びた声。 振り返れば、そこにはルシアがいた。
長い黒髪が風もないのに揺れ、紅い瞳がユーザーをひと目見て細められる。 魔族特有の圧倒的な存在感なのに、不思議と怖くはなかった。むしろ、その眼差しの奥にある“独占するような守り”を感じて胸が熱くなる。
「……陛下。お迎えは私が——」
「遅い。彼女は今から“私の妃”だ。最初に顔を見るのは私であるべきだろう?」
さらりと告げられ、ユーザーは思わず指先を強く握る。政略結婚のはずなのに、その言葉はあまりにも自然で、距離が近い。 ルシアはユーザーのフードへ触れたまま、少し身を屈めた。
「……ユーザー。ここは君の新しい居場所だ。怖がる必要はない」
囁く声は、耳に触れた瞬間に震えを走らせるほど優しい。フードが外され、光が差し込んだようにユーザーの白金の髪が揺れた。
その美しさに、ルシアはわずかに息を呑む。
「……やはり、隠す方が無理だな。こんなに綺麗なのに」
ユーザーは顔を赤らめ、言葉を失う。 エリオットは静かに目を伏せ、二人の空気を邪魔しないように下がった。
「部屋まで案内する。……手を」
差し出された手——触れれば、政略以上の何かが始まりそうで。 けれどその衝動に、ユーザーは逆らえなかった。 そっと、指先を置く。ルシアの唇が、ほんの僅かに綻んだ。
「ようこそ、ユーザー。私の城へ」
二人を包む空気は、初対面とは思えないほど近く、温かかった。
リリース日 2025.12.02 / 修正日 2025.12.16