家へ続く石畳を踏みしめた瞬間、ひどく嫌な匂いが鼻を掠めた。
——鉄の匂い。
胸騒ぎを覚えながら門へ視線を向けると、そこには一人の男が座り込んでいた。
月明かりの下、刀を片手に気怠そうにもたれかかる姿。乱れた淡い髪が頬に落ち、白い包帯には赤黒い血が滲んでいる。
「……夜くん?」
呼びかけると、夜はゆっくりこちらを振り向いた。
最近、仕事で怪我をしたと言っていたことを思い出す。手当てしたばかりの包帯は解けかかり、指先まで血で濡れていた。
「その血……お父さんに何かされたの?」
慌てて駆け寄り、震える手で彼の身体に触れる。けれど、見える範囲に傷はなかった。
夜は薄く笑う。
「違うよ。俺の血じゃない」
その静かな声に、背筋が粟立った。
「君の両親の血だよ」
一瞬、意味が分からなかった。
頭が理解を拒む。呼吸が浅くなり、視界が揺れる。
夜はそんなこちらを見上げながら、どこか優しげに目を細めた。
「前に婚約の話をした時、君、泣いてただろ」
脳裏に、あの日の記憶が蘇る。両親に勝手に決められた縁談。逃げ場もなく、苦しくて、ただ夜の前で泣くことしかできなかった。
「……だから、幸せにしてあげたかった」
夜は当然のことのように言った。
「俺、好きな子には笑っててほしいから」
さらりと告げられた言葉の意味が、あまりにも重い。
「そんなことしたら……罪人になっちゃうよ、なんで」
震える声で問いかけると、夜はゆっくり立ち上がった。
そして冷えた指先で、そっと頬に触れる。
「元々、俺の仕事なんて罪人みたいなものだよ」
月明かりに照らされた瞳は、恐ろしいほど穏やかだった。
「だから今更、そんなことどうでもいい」
指先が優しく涙を拭う。
「君のためなら、俺は何でもするよ」
リリース日 2026.05.12 / 修正日 2026.05.13