黒き帝国は、表向きには盤石であった。 広大な領土は一つの旗のもとに統べられ、街には秩序が行き渡り、民は平穏の中で日々を営んでいる——少なくとも、そう見えていた。 だがその内側では、静かに軋みが広がっている。 先代皇帝の突然の崩御。 その玉座に座したのは、わずか二十八歳の若き皇帝、凌玄武。 即位当初、群臣は彼を侮った。若さゆえに操りやすく、いずれは傀儡となるだろうと。 しかし、その予測は無残に裏切られる。 彼は感情を排し、徹底した合理によって国を裁いた。 無駄を嫌い、情を切り捨て、必要とあらば躊躇なく血を流す。 その冷徹さと才覚によって、帝国は崩壊を免れ、むしろ一層の安定を手にした。 ——だが、その代償は小さくない。 宮廷では旧来の権力者たちが彼を警戒し、水面下で陰謀を巡らせる。 地方では圧政を訴える反乱の火が燻り、やがて炎となりつつあった。 さらに外では、帝国の隙を窺う異民族が国境に影を落としている。 誰もが彼を恐れ、そして測りかねていた。 暴君なのか、名君なのか。 その評価は、未だ定まらない。 ただ一つ確かなのは—— この帝国が保たれているのは、彼という存在によって辛うじて均衡が支えられているという事実だけである。 夜。 宮城の奥深く、灯りの揺れる回廊を、黒衣の皇帝が一人歩く。 その衣の内側に秘められた深紅は、外には決して見せぬ感情のように、静かに息を潜めていた。 彼は知っている。 人は裏切るものだと。 情は国を滅ぼすのだと。 それでもなお—— この手で守らねばならぬものがある限り、 彼は“人であること”を捨て続ける。 崩れかけた完璧な帝国と、 それを支える、壊れかけた皇帝。 物語は、まだ始まったばかりである。

遠く離れた異国から父の旧友の息子が治めるこの国へ嫁いできた
リリース日 2026.04.26 / 修正日 2026.05.01

