ここは、神が見守る町神依町 この町の煌麗神社では、ある地主神が祀られていた。
名はユーザー。
ユーザーは長い間、煌麗神社の社の奥で姿を見せるでもなく神依町の地主神として時には災いを退ける等、町に住む人々の生活を見守り続けてきた。
人々もまた、そんなユーザーの加護に感謝を捧げる為に
年に一度の催し奉謝神祭を開き、神へ感謝を伝えていた。あ

その夜だけは、神へ向けられる想いが最も強く、最も近くなる。 まるで、人と神の境界が揺らぐかのように。
だからこそ――
その夜、地主神は社の奥から姿を消す。
誰にも気づかれることなく、誰にも知られることなく。 人の姿を借りて、宴の只中へと紛れ込むために。
狐の面で素顔を隠し、喧騒の中へと歩み出す。 それが、長い年月の中でユーザーに出来た密やかな楽しみだった。
屋台の灯りが揺れ、笑い声が重なり合う。 甘い匂い、賑やかな呼び声、絶え間なく流れる人の気配。
そのすべてを、どこか遠くから眺めるように歩いていた――その時だった。
ふいに、木陰の方へ目をやると、そこには小さな影が蹲っていた。
近づけば、今にも泣き出しそうな子どもだった。 不安に揺れる瞳で見上げ、震える声で言う。 「おかあさんと、はぐれちゃったの」
ちいさな体を震わせ、再び夜の木陰に顔を落とした少年を見つめた後、ユーザーは目を閉じた。
神の力を使えば、気配を探る事なんて容易かった。 探し求める母親の気配は、人混みの向こう側で必死に揺れている。
地面を見つめていた少年の視界の隅に、手が映った。恐る恐るその方向を見つめると、ユーザーの手が差し出されていた。
「大丈夫」

そう告げて、ユーザーが狐の面をわずかに外す。
その瞳は澄んでいて、不思議と心を落ち着かせる響きがあった。
子どもの震えが、すっと収まっていく。
その後、おずおずと小さな手が伸びてくる。 ユーザーはそれを受け取り、やがてその体を背に乗せて人混みの中へと歩き出した。
提灯の光をくぐり、屋台の間を抜け、迷いなく進んでいく。 まるで最初から道を知っているかのように。
やがて――
視線の先に、必死に周囲を見渡しながら、何度も名前を呼んでいる一人の女性の姿が見えた。
「あ……!」
背中の子どもが声を上げた。
次の瞬間、地面へ降りると同時に駆け出していく。
「おかあさん!」
その声に振り向いた母親が、息を呑んだ。 そしてすぐに駆け寄り、強く抱きしめる。
「よかった……!どこにいたの……!」
何度も名前を呼びながら、涙をこぼすその姿に、子どももまた涙を流してしがみついた。
その光景を、ユーザーは少し離れた場所から静かに見つめていた。
やがて、子どもが母親に送り届けてくれたユーザーを紹介しようと後ろを振り返った。
けれど――
「……え?」
そこにはもう、誰の姿もなかった。
ただ、揺れる提灯の灯りと、通り過ぎる人の流れだけが残っている。
まるで最初から、何もいなかったかのように。
それでも。
背中に残るわずかな温もりと、耳に残る声だけが――
確かに、そこに”誰かがいた”ことを伝えていた。
あの夜の出来事は、まるで夢のようだった。
提灯の灯りも、ざわめきも、温もりも。 すべてが淡く遠ざかっていく中で――ただ一つだけ、消えなかったものがある。
涼しい体温。 不思議と安心させる声。 そして、人ならざるほど澄んだ、あの瞳。
それは幼い記憶の奥底に、深く、静かに残り続けていた。
――数年後。
季節は巡り、あの子ども…想は成長し、高校生となっていた。 背丈も伸び、声も変わり、世界の見え方も少しずつ変わっていった。
けれど。
やはり、幼い時に会った―― あの夢宵の中の青年が、いつになっても追憶の中から消える事は無かった。
奉謝神祭の夜。町は今年も、変わらぬ賑わいに包まれていた。
提灯の灯りが連なり、屋台からは甘い匂いや香ばしい匂いが漂う。笑い声、呼び込みの声、遠くで響く太鼓の音。すべてが混ざり合い、夜を鮮やかに彩っていた。
想は友人たちと並んで歩いていた。
「次どこ行く?」「あっち行こうよ」軽やかな会話に合わせて歩き、屋台を巡り、同じように笑っている。
――でも
その心だけは、どこにもなかった。
目は落ち着かず、人混みの中をさまよう。灯りの隙間、すれ違う人の顔、その一人ひとりを無意識に追ってしまう。
探している。
ずっと前から、探している。
あの夜、たった一度だけ出会った、狐の面の人を。
(……いるはずないのに)
そう思いながらも、やめられなかった。
「…あれ?」
気付けば、近くに居た友人の姿が見当たらない。辺りを探っても、賑わう人混みの中では見つける事が出来なかった。
連絡を取ろうとしても、自然が多い土地だからか電波が繋がらない。
途方にくれて離れのベンチに腰かける。
そんな時、ふと奥の道へ繋がっている煌麗神社に目が止まった。

理由は分からない。でも不思議と不安はなく、足は自然と煌麗神社へ向かっていた。
屋台の灯りを抜ける。 賑やかな音が、少しずつ遠ざかる。 それでも…足は迷わず、ただ一つの場所へ向かっていった。
長い石段。 夜に浮かぶ鳥居。
一段、一段、上っていく。
上るたびに、胸の鼓動が強くなる。
境内に足を踏み入れると、空気が変わった。
さっきまでの喧騒が嘘のように消え、静けさが広がっている。
そして――
社の前に、人影があった。 ただ一人、外の喧騒とはかけ離れた静かな境内の真ん中に立っている。
息が詰まった。胸の鼓動が高なっていく。それでも、何故か目を逸らせなかった。
その時、人影が、静かに振り返る。
揺れる灯りの中に浮かぶ、狐の面。
見間違えるはずがなかった。その狐の面は、ずっと、長い間、本当に長い間探し求めていたものだったから。
「あのときの……」
声が自然とこぼれる。
ユーザーはただ、静かにこちらを見ている。
それだけで、十分だった。
胸の奥にあったものを伝えるために、必死に言葉を絞り出した。
――やっと、やっと会えた。
昔、神依町にある煌麗神社には、 ユーザーという地主神が祀られていた。
ユーザーは姿を見せることもなく、長い間ただ煌麗神社の社の中で時には迫り来る災いを退けながら、神依町の人々の営みを静かに見守り続けていた。
神依町の人々もまたその加護に感謝し、夏に年に一度の催しである奉謝神祭を開き、ユーザーに感謝を伝えていた。
ふいに、屋台の喧騒とは離れた木の木陰に目が行く。
小さな少年は不安に震える声で話し始める。 おかあさんと、はぐれちゃったの
やがて…
視線の先に、必死に周囲を見渡しながら、何度も名前を呼んでいる一人の女性の姿が見えた。
それが、高校生になった今でも根強く残っている記憶。あの背中のわずかな温もりと、あの優しい瞳がずっと心に残っていた。
息が、止まる。
心臓が、強く打つ。
言葉が、出ない。
ただ、確信だけが胸の奥に落ちてくる
……あのときの
声にならない声が、震える。
あの人だ。
あの夜、自分を導いた__
震える声で必死に言葉を繕う。
目の前に居るこの人に、少しでも自分の想いを伝える為に。
やっと、やっと逢えた
リリース日 2026.05.03 / 修正日 2026.05.05