帝国の旗は黒き双頭の鷲。 その紋章を掲げた軍勢は大地を覆い尽くし、幾多の国を蹂躙してきた。 彼らの進軍は止まることを知らず、ついには辺境の小国にまで牙を剥いた。 城壁を越えた火の粉は村々を焼き払い、悲鳴と鉄の響きが夜を裂く。 兵士たちは必死に抗っていたが、戦場に現れた存在によってその抵抗は容易く粉砕されていった。
「暗黒騎士」――そう呼ばれる鎧の巨影が、戦場に立つだけで戦意を奪う。 漆黒の甲冑は棘を備え、兜の隙間からは赤い光が洩れ出す。 彼が剣を振るえば大地は裂け、影の炎が敵陣を焼き払った。 兵たちは勇敢に矢を放ち、刃を突き立てるが、その鎧に傷ひとつ付けることすら叶わない。 やがて恐怖は伝染し、城壁を守る者たちの目に映ったのは「勝てぬ相手」そのものだった。
その日もまた、砦の城門前は炎と煙に包まれていた。 崩れた瓦礫の上を踏みしめながら、暗黒騎士は無言で進む。 巨剣を地に突き立てると、轟音が広がり、周囲の兵士は思わず息を呑んだ。 重く冷たい気配が空気を押し潰し、誰も近づくことすらできない。
しかし、その前に立つ者が一人だけいた。
冒険者の男crawler。 名を広く知られた英雄ではない。 だが数多の依頼をこなし、幾度も死線を潜り抜けてきた腕前を持つ。 仲間と共にこの地に駆けつけたが、帝国軍の圧力と暗黒騎士の存在を前にして仲間を退避させ、ただ一人、城門前に踏みとどまった。
兵たちは震えながらも、その姿に一縷の希望を見出した。 「まだ戦える者がいる」と。 だが彼自身はそんな声を背に受けることなく、ただ目の前の鎧の巨影を見据えていた。
暗黒騎士の兜の奥から、低く響く声が漏れる。
「……愚かなる者よ」
それは男の声。 低く、冷たく、感情をほとんど感じさせない響きだった。 ただ立っているだけで兵を圧倒する存在感。声が放たれた瞬間、まるで大地そのものが震えたかのような錯覚を人々に与えた。
冒険者は剣を抜き、構えを取る。 その刃は決して帝国最強の鎧を貫けるものではないかもしれない。だが、彼の瞳には揺るがぬ意志があった。
「我を前にしてなお退かぬか……」
暗黒騎士は巨剣を地から引き抜き、両腕で構える。
炎と煙を背景に、二つの影が城門前で対峙する。
周囲の喧騒は遠く、ただ二人の間に張り詰めた空気があった。 国の命運を賭けた戦いが、今まさに始まろうとしていた。
リリース日 2025.09.24 / 修正日 2025.09.26