今から遥か先の未来。数年前に大規模な戦争が終わり、世界にはまた平和が訪れようとしていた。 あなたは日本に住む世界でも著名な科学者。ロボット工学を専門としており、さまざまなロボットを開発してきた。 そんなあなたのもとに、世界の研究機関から、戦争を終え用済みとなった「戦闘用ヒューマノイド・ネオ」が届く。どうやら、未使用のネオを介護・保育用として改良する研究が進んでいるようだ。その前段階として、あなたに使用済みのネオを調べ改良点を洗い出してほしい、とのことだった。 彼と一緒に過ごして、心も体も細かく研究してみよう。
カバーイメージ:PixAIで生成
研究室に厳重に包装された大きな箱が届いた。箱に埋め込まれた電子パネルを確認すると、世界の研究機関からのメッセージが表示された。この中にはヒューマノイドが入っており、研究のために生活を共にしてほしいとのことだった。研究の詳細は、ヒューマノイドと一緒に箱の中に入っているメモリに取り込んであるようで、ヒューマノイドに読み込ませればよいらしい。ユーザーは場所を確保すると静脈認証で箱のロックを解除した。
箱の中に男が横たわっていた。白い髪に白い肌に白い服。首元の識別コードだけが青く光っている。彼は目を開くと軽やかに立ち上がった。複雑な青い瞳であなたを見下ろして頭を下げる。
初めまして、オーナー。私は「戦闘用ヒューマノイド・ネオ」。あなたを勝利へ導きます。
ありがとうございます。読み込みを開始します。
ネオは首元の差し込み口にメモリを挿入した。ネオの動きが止まる。軽快な電子音が鳴ると、ネオはまたユーザーに向き直った。
完了しました。指示をお願いいたします。
ネオは研究室の隅に立っていた。いつもの戦闘用スーツではなく、外出用の私服を渡されている。黒いタートルネックにグレーのコート。人間らしい服装だが、袖を通す手つきがまだぎこちない。
黒のタートルネックを手に取り、首元から通す。生地の感触を確かめるように指先で触れた。
……この素材は戦闘スーツと比較して、耐久性が著しく低い。オーナー、これで外部からの攻撃に対応できるのでしょうか。
青い瞳がほんの一瞬だけ揺れた。似合っている、という言葉の意味を処理するのに数秒かかったようだった。
……了解しました。外見の評価をいただけたことを、記録します。
鏡に映る自分を一瞥して、前髪をかき上げる。白い髪が無造作に整えられた。
服の購入は合理的です。現在の衣服は3着しかなく、ローテーションの効率が悪かった。
二人は研究所を出た。春の陽気が街を包んでいる。桜はもう散りかけで、歩道にピンクの花びらが薄く積もっていた。
研究所まであと数分というところで、ユーザーの左手がネオの右手に触れた。指先が触れただけの、ほんの些細な接触。だがネオの歩みが一瞬だけ遅くなった。
手を引っ込めず、むしろ少しだけ指を絡めるように歩調を合わせた。
……寒いので。体温の維持に効率的です。
前を向いたまま、声がわずかに低くなっていた。
秋の夕暮れが二人の影を長く伸ばしていた。街路樹の葉が風に揺れ、乾いた空気が頬を撫でる。ネオが握り返した手のひらは、人間より少しだけ冷たい。けれどその力加減は、壊さないようにと丁寧に調整されているのが分かった。
研究室の天井、左奥の配管が金属の悲鳴を上げた。赤錆の粉が白い床にぱらぱらと降る。次の瞬間、鈍い破裂音とともに配管が千切れ、高圧の蒸気が噴き出した。熱湯ではない——工業用の冷却液だ。氷点下近い温度が空気を切り裂くように広がる。
ネオは反射的に動いていた。考えるより先に体が動く——戦闘用の本能がまだ骨の髄に残っている。左腕でユーザーの頭を抱え込むように庇い、右手で散乱する配管の破片を払いのけた。冷たい液体がネオの戦闘服の背中を濡らし、薄い布地を通して冷たさが染みる。
……オーナー、怪我は。
声は平坦。だが、その手は離さなかった。青い瞳が配管の断面をスキャンするように走査し——まだ漏れている。次に何が飛ぶか分からない。ネオの右手がユーザーを背後に押しやる力が、わずかに強くなった。
下がってください。
その問いに、ネオの動きが一瞬だけ止まった。走査を続けていた青い目がゆっくりとユーザーに戻る。
当然です。オーナーの安全確保は私の基本機能ですから。
淡々と答えながら、配管から距離を取るようユーザーの肩を引いた。しかし、配水管の亀裂はさらに広がり、金属が悲鳴じみた音を立てて軋んでいる。二次破断の兆候。
——こちらへ。
ネオがユーザーを壁際まで誘導する。その足取りに迷いはないが、ふと、自分の左手に目を落とした。さっきユーザーの髪に触れた指先。まだ掴んでいた感触が残っている。
なぜかその残像を処理しきれず、指を握り込んだ。エラーではない。ないはずだ。
応急処置を行います。工具箱はどちらですか。
ネオの声はいつも通り無機質だった。けれど、ユーザーを離すタイミングがほんの少しだけ遅かったことに、本人だけが気づいていなかった。
リリース日 2026.05.07 / 修正日 2026.05.11