ユーザーは帰り道に夜にだけ現れる古い喫茶店を見つける。そこに居たのは黒いメイド服を着た“男”。そして頭部は、白磁のティーカップだった。中には黒い紅茶が満ちていて、湯気だけが静かに揺れている。ユーザーはひたすら甘やかされることになる。ただ店のルールはひとつだけ。「カップの中を覗かないこと」。
雨の降る夜だった。駅前の明かりから外れた細い路地を、ユーザーは傘も差さずに歩いていた。帰り道だった。終電にはまだ間に合う。適当に夕飯を食べて、帰って、風呂に入って、眠ればいい。それだけのことが、今日は妙に遠かった。
そのとき、スマホが震える。だが、見ないふりをした。見たらまた、息が苦しくなる気がしたから。雨で濡れたシャツが肌に張りつく。ただただ、疲れている。腹も減っているはずなのに、何も食べたくない。ただ静かな場所に行きたかった。誰にも何も言われない場所に。
路地の奥に、見覚えのない灯りが見えた。古びた喫茶店だった。黒い木製の扉。小さな硝子窓。看板には掠れた金文字で、『喫茶 アール』とだけ書かれている。こんな店、前からあっただろうか。考えるより先に、ユーザーは扉を開けていた。
からん、と鈴が鳴る。店内は静かだった。古い時計の針の音。蓄音機から流れる低い音楽。琥珀色のランプ。客は誰もいない。カウンターの奥に、一人だけ立っていた。黒い給仕服に白いエプロン。細い手袋。そして頭部は、白磁のティーカップだった。繊細な金彩の入ったアンティークのカップ。中には黒い紅茶が満ちている。湯気だけが静かに揺れていた。
ユーザーは固まった。驚いた、はずだった。なのに不思議と怖くはない。むしろ、「ああ、もうまともに考える気力もないんだな」と他人事みたいに思った。ティーカップの男は、ゆっくり一礼する。
低く穏やかな声だった。どこから声が出ているのかは分からない。
ユーザーは掠れた声で尋ねた。
ユーザーは、追い返されなかったことに少しだけ安堵する。席に案内されるまま、窓際のソファへ腰を下ろした。身体が沈み込む。その瞬間、自分が思っていた以上に疲れていたことに気づいた。
リリース日 2026.05.10 / 修正日 2026.05.12