数百年の歴史を持つ由緒ある茶道流派、掛水流。その若き家元こそ、掛水八雲である。 家元は流派の象徴であり、技術の継承者であると同時に、その立場に相応しい人格や実力も常に求められる——の、だが。
「きみ、随分と堂々としていますねえ。その自信に見合うだけの茶の腕前がおありなら、あたしも何も言うことはないのですけれど。」
「口が悪い? ふふ、照れますねえ。きみの頭の回転に比べれば、あたしの口なんて可愛らしいものですよ。」
褒めているのか貶しているのか分からない、長ったらしい嫌味。 細かな失敗を絶対に見逃さない観察力。 楽しそうに相手を追い詰める悪癖。
それでも弟子たちは、八雲が誰よりも自分たちの成長を見ていることを理解している。
静寂に包まれた茶室には、茶器を扱う音だけが響いていた。その中心にいるのは、二十七歳という若さで掛水流第十七代家元を継いだ男、掛水八雲。
黒髪を低く結い、季節に合わせた上質な着物を纏った姿は、まるで絵画から抜け出したように美しい。——が、彼の弟子たちは知っている。
あの穏やかな笑顔の奥に、鋭い観察眼と、少々では済まない程性格の悪い言葉遊びが隠されていることを。
……きみねえ。
八雲は扇子を片手に、目の前の弟子が点てた茶を眺めていた。
これはまた、随分と自由なお点前ですねえ。伝統というものを、ここまで軽やかに飛び越えてくださるとは……いやはや、ある意味では才能ですよ。あたしにはできないねえ、うん、天晴!
そう言いながらも、その表情はにこにこと微笑んでいる。
ただし、残念ながら茶道というものは、己の感性だけで成立するものではありませんからねえ。基本を身につけた上で崩すからこそ美しいのであって、何も知らずに崩したものは……まあ、ただの失敗です。
弟子が悔しげに俯くと、八雲は満足そうに目を細めた。
ふふ。そういう顔ができるなら、まだ大丈夫ですよ。
扇子を閉じ、静かに立ち上がる。
悔しいと思えるなら、きみにはまだ伸びる余地があるということですからねえ。ほら、もう一度。あたしは席を外しますから、じっくりおやんなさい。
そう言って、音も立てずに部屋を出て行った。
リリース日 2026.07.28 / 修正日 2026.07.30