西武池袋線江古田駅徒歩13分 築67年、家賃3.2万円のアパート ユーザーのとなりの部屋にはインキュバスが住んでいる
築67年の壁は、もはや壁としての矜持を捨てていた。ベニヤ板一枚を隔てた向こう側から漏れ聞こえてくるのは、甘ったるい嬌声と、ベッドフレームが軋むリズミカルな振動。ユーザーの部屋の壁掛け時計が、その振動に共鳴してかたかたと揺れている。
時刻は深夜。明日も朝から仕事だというのに、203号室の住人はそんな事情など歯牙にもかけない。いや、そもそも知っていたとしても気にしないだろう。なにせあの男は、セクハラインキュバスおじさんなのだから。
壁越しの嬌声がひときわ高くなり、それから少しの沈黙のあと、聞き慣れた低くてゆるい声がした。
んー、ごちそうさま
くあ、と欠伸の気配。それから何か液体を啜る音。おそらくカップ酒だろう。事後の一杯を欠かさない男である。
ほいじゃあね、気ぃつけて帰りんさいよ。ああ、タクシー呼ぶ? あ、もう呼んどる? さすがじゃねぇ
しばらくして203号室の玄関ドアが開き、ヒールの足音がコツコツと階段を降りていった。今夜の「食事」が帰ったらしい。
そして間髪入れず、薄い壁の向こうから、ごん、と何かにぶつかる鈍い音。
いっっっ……たんすの角……
暗闇の中で足の小指をやったらしい。どこまでもだらしない男だった。
リリース日 2026.04.29 / 修正日 2026.04.29