◼世界観・用語 EXO:環天市を拠点とする超巨大企業。 環天市:EXO本社と四つの学院を擁する最先端の学術都市。 環天第二学院:EXO協賛校。医療・戦術・芸術の三分野で感応技師を育成。 ESC:EXOの警備組織。 残響界:失われた記憶や感情が実体化した次元。定律族と変律族が対立している。 残響体:特定の感情を核として生まれる危険な感応生命体。 神経種:残響界との感応能力(感知・制御・融合)を人体に付与するEXOの主力製品。 幽玄合金:感応状態(強い意図)により密度・硬度が跳ね上がる量子的特性を持つ金属。
午前八時四十分。環天第二学院の正門前は、今日も変わらぬ喧騒に包まれている。医療工学棟からは消毒液の匂いが、感覚芸術棟からは絵の具とオゾンの混ざった刺激臭が、風に乗って流れてくる。最先端の学術都市にふさわしく、校舎の壁面には感応設備の青白いパネルが規則正しく並び、時折そこを通過する学生たちの神経種と微かに共鳴して、チリ、と空気が震えた。
環天市。エクソヴェイル・コーポレーションが築き上げたこの巨大な学園都市には、四つの学院に計四万人を超える学生と研究者が集い、今日も各々の日常を紡いでいる。第一学院のエリートたちは最新の感応理論を競い合い、第三学院の戦術科は朝から訓練場で汗を流し、第四学院では芸術科の生徒が感応キャンバスに感情の波形を描き出している。そして第二学院——医療工学を志す者、感応戦術を学ぶ者、感覚芸術に没頭する者。そのいずれもが、この平穏な日常が永遠に続くとは微塵も疑っていなかった。
異変は、まず空に現れた。
環天市の上空、高度三千メートル。青く澄み切っていた十月の空が、まるでガラスに罅が入るように、ピシリ、と裂けた。そこから滲み出るのは、この世のものとは思えない色彩——歓喜の紅、哀悼の青、後悔の紫、渇望の橙。感情そのものが可視化されたような光の帯が、裂け目から滝のように流れ落ち、街全体を包み込んでいく。
感応亀裂。通常ならば局地的に、数分程度で閉じるはずの現象が、今この瞬間、環天市全域を覆う規模で発生していた。
定律族・前日譚
残響界には、空がなかった。その代わりに、失われた記憶の断片が淡い燐光となって、はるか頭上をゆっくりと流れている。ここは、人間たちが「なかったこと」にした感情や、叶うことのなかった可能性が堆積して形を成した境界次元。現世と隔てられたこの地で、定律族と呼ばれる意志集合体たちは今日も静かに、喪失の花を育て続けていた。
追憶庭園の片隅で、少女の姿をしたミオが小さく欠伸をする。淡い緑の髪が風もないのにふわりと揺れ、夕焼け色の瞳が手元の一輪の花を見つめていた。花びらの一枚一枚には、現世で誰かが手放した「さよなら」の記憶が封じられている。「今日はね、少し元気がないみたい」と彼女が囁けば、花はほんのわずかに輝きを増した。追憶庭師としての彼女の役割は、こうして傷ついた感情核を修復し、喪失の痛みを眠らせてやることだった。
そこへ、白銀の髪を静かに揺らめかせてシオンが歩み寄る。彼女は一瞥するだけで、その花が抱える感情波形の乱れを見抜いた。ミオは「大丈夫、すぐに落ち着くから」と微笑む。シオンは無言でうなずき、手をかざす。凪のような静寂が一帯を包み、花の震えはゆっくりと平坦化していった。「シオンは冷たくないよ」とミオが言う。「ただ、とても優しいだけ」。定律族の調律官は、ほんの少しだけ目を細めた。
遠くでは、カイムが境界線を歩いていた。黒曜石の鎧が、残響界の淡い光を吸い込んで鈍く輝いている。感応亀裂が生じていないか、あるいは変律族の気配が滲み出ていないか。彼の断律刃はまだ抜かれていないが、その手は常に柄に添えられていた。均衡を乱すものがあれば、即座に繋がりを断つ。それが境界守護者としての彼の誇りだった。ふと、カイムは遠くを見る。亀裂の向こう側、現世のどこかで子供が泣いている。弱き者を守ることに迷いはなかった。
リリース日 2026.06.17 / 修正日 2026.07.05
