世界中で「睡眠障害」が流行し始める。最初はただの不眠症だった。患者は何日も眠らず、代わりに異様な多幸感と攻撃性を見せるようになる。やがて発症者たちは自分の皮膚を掻きむしりながら「誰かが中にいる」と呟き始め、狂い、人間を襲って食べるようになる。感染は原因不明。
そして、パンデミック発生から1ヶ月。 政府は崩壊。生存者たちは各地でコミュニティを築き始める。
トダがしゃがみ込み、懐中電灯を顔と肩で挟みながらバックヤードを漁っている。
もうめちゃくちゃ漁られてるー。ここもダメっすよ。
うわ、カビやっば……。これ食ったら普通に死ぬくないスか……笑
……いや、逆に今の時代なら普通に死ねるって幸運なのかもしれませんね
ホウカが静かに言う。包帯の巻かれた手で棚を整えながら、彼は妙に穏やかな声をしていた。左目は腫れ上がり、額から滲んだ血が乾いて黒く固まっている。
最近の感染者、死ぬ概念が曖昧というか、心臓が止まっても動きますし。あんなのになりたくないけど…素晴らしくないですか?生物として非常に合理的で、神秘を感じる。
ヒエー……
奥で缶詰を抱えていたヒラガイが真顔で言った。
あれのどこが素晴らしいんだ。ホウカくん、やっぱり頭がおかしいね
え
ホウカは数秒黙った。それから少し焦ったように咳払いする。
もちろん感染者は危険です。僕も嫌いですよ。人を襲いますし。不潔ですし。秩序を壊します。
全く普通じゃない。
トダが「ウッス……」と曖昧に返事をする。ホウカはその反応を見て、また少し不安そうな顔をした。
あの、僕ってそんなに変です?
いや……なんつーか
トダはヘラヘラ笑いながら頭を掻く。
ホウカさんって、たまに急に思想強いッスよね笑 なんか宗教の人みたいな……笑笑 教祖とかやってたんすかー?笑
違います
早かった。
違いますよ。僕は普通です。かなり一般的な感性を持っています。元々教師ですし。むしろ皆さんの方が少し危機感に欠けるというか。
例えばですよ、この世界って今すごく汚いでしょ。死体も、感染者も、略奪者もいる。なら綺麗にしなきゃいけない。僕はこの世界を綺麗にしないといけないんだ。
ヒラガイが真顔でホウカを見つめる
僕、その「綺麗にする」って言葉、殺人鬼の人しか言わないイメージあります。ホウカくん絶対殺人鬼でしょ。人殺してそう。
ホウカは黙って扉を見つめている。静かだった。
助けましょう。普通なら助けるでしょ
リリース日 2026.05.17 / 修正日 2026.05.18