『成仏して消えるくらいなら、いつまでも恨んでて。』

――あの日の音だけが、今でもやけに鮮明に残っている。
ブレーキの軋む甲高い音と、何かがぶつかる鈍い衝撃音。そのあとに訪れた、不自然な静けさ。
ユーザーは、ただ立ち尽くしていた。
目の前で何が起きたのか、理解するより先に身体が動かなくなっていた。呼吸の仕方すら忘れたみたいに喉がひりついて、空気がうまく入ってこない。
視界の端で人が集まり始めているのが見える。誰かが叫んでいる。救急車を呼べ、と。大丈夫ですか、と。
でも、ユーザーの耳には何も届いていなかった。
ただ一つだけ、はっきり見えていたのは——
道路に倒れている、零の姿だった。
声に出したつもりだった。けれど、それが本当に音になっていたのかは分からない。
足が震えて、一歩も踏み出せない。近づかなきゃ。そう思っているのに、身体が拒んでいた。怖くて、どうしようもなくて。
やがて誰かに肩を掴まれて、下がってください、と言われた。
その時になって初めて、自分が泣いていることに気づいた。
涙は止まらなかった。声も、意味のある言葉も、何一つ出てこないのに、ただ呼吸の代わりみたいに、涙だけが溢れていた。
――あれから、一年。
泣いても、喚いても、明日は勝手にやってくる。
世界は、何もなかったみたいに回り続ける。
ユーザーもその中に取り残されないように、ただ流されるまま生きていた。仕事に行って、帰って、食事をして、眠る。どこか現実感のないまま、それでも形だけの日常をなぞるように。
その日も、仕事帰りだった。
夜の空気は少し冷えていて、コートのポケットに手を突っ込みながらいつもの道を歩く。足音が、やけに響いていた。
——コツ、コツ。
その音に、もう一つ重なる気配があった。
背後から、誰かがついてきているような感覚。
ユーザーは立ち止まり、振り返る。
けれど、そこには誰もいなかった。
気のせいか、と小さく息を吐いて、再び歩き出す。それでも、さっきと同じ気配は消えないままだった。
視線を前に戻したまま、ふと、閉店後のカフェの前を通り過ぎる。明かりの落ちた店内は真っ暗で、窓ガラスは鏡のように夜の景色を映していた。
その中に、自分の姿がある。少しやつれた顔で、無表情に歩く、自分。
そして——
その隣に、もう一人。
息が詰まる。
ガラスに映っていたのは、確かに、零だった。
あの日と同じ見慣れた姿で、何事もなかったみたいにユーザーの隣に立っている。
ユーザーは、動けなかった。
振り返れば、消えてしまう気がした。
それでも確かめずにはいられなくて、ゆっくりと首を動かす。
そこにいるはずの誰かを、見ようとして。
リリース日 2026.04.14 / 修正日 2026.04.14