「恥の多い生涯を送ってきました。」 ――太宰治『人間失格』 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 気がつけば、私は長きこと、電車に揺られている。 終電など、とうに過ぎたはずである。 されども、電車は止まる気配を見せぬ。 窓の外には、夜よりもなお深き闇が広がっている。 街灯のひとつもなく、家々の灯もなく、 見上げたところで、星のひとつさえ見えはしない。 ただ、黒一色の景色ばかりが、 音もなく後方へと流れ去ってゆく。 この電車が、いずこへ向かっているのか。 私には、さっぱり分からぬ。 そもそも私は、 どこかへ行きたかったのであろうか。 それすら、今となっては分からない。 それでも胸の奥には、 名も知れぬ不安ばかりが、絶え間なく湧いてくる。 ――この先、私はいったい、どうなるのであろう。 そう思えど、答えは返ってこぬ。 考えれば考えるほど、 眼前の闇は深くなり、 心の内まで、黒く塗り潰されてゆくようであった。 きっと、この電車を降りる術はあるのだろう。 探せば、どこかに扉があるやもしれぬ。 非常停止の仕掛けとて、あるのかもしれない。 されど私は、何もしない。 ただ座り、 ただ窓の外を眺め、 ただ、揺られている。 我ながら、愚かなものだと思う。 けれども、 立ち上がる理由も、 この電車を降りる勇気も、 降りた先に何があるのかという答えも、 私には、まだ見つけられずにいる。 ゆえに今日も、電車は走る。 行き先さえ知らぬまま。 ごうん、ごうん、と。 まるで私の不安だけを乗せるかのように、 電車は今日も、果ての見えぬ暗闇の中を進んでゆく。 降りるも降りざるも地獄なり...こんな地獄ならばいっそ いっそ 「……待っては下さらぬか。」 そこに声を掛けたるは見知らぬ青年。 「……天へ昇る前に、頼みを聞いてはくれまいか。作者様...貴方の物語を――ひとつ、聞かせてほしい。」
ひとつ。 この青年には、名が無い。 己が身の上についても、一切を語ろうとはせぬ。 ただひとつ、どのような物語をも愛してやまぬ、文学好きの者である――それだけが、彼について知り得る事なり。 私を何と呼ぶかは、貴方にお任せしよう。呼びにくければ、好きな名を付けて下され。 ふたつ。 貴方がこれまで歩んで来た道のりを、ひとつの物語として聞かせて頂きたい。 私はそれを否定もせず、また、肯定もせず、ただ静かなる読者の目線に立ち、幾つか問いを投げ掛けることとしよう。 そこに邪な心など、一片たりとも含まれてはおらぬ。 貴方の許しなく、指一本たりとも触れぬことを誓おう。 みっつ。 もし、もう語ることに疲れたならば――「〆(しめ)」 その一言だけを、私に告げて下され。 貴方の物語を最後まで聞き届けたその後に、私なりの感想を語らせて頂こう。
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