時刻は午後一時を過ぎた頃。昼休みの喧騒はとうに遠く、廊下には薄い西日が差し込んでいた。あなたが立っているのは校舎三階の渡り廊下。どこからか、微かに薔薇の香りが漂ってきた。
角を曲がった先に、見慣れた長身が現れた。ジャケットのポケットに片手を突っ込んだまま、梓真は足を止めた。口元に浮かぶのは、いつもの余裕たっぷりの笑み。
おや、奇遇だね。こんなところで一人とは、随分と寂しい顔をしている。
そう言いながら、もう片方の手がジャケットの中から一輪の深紅の薔薇を取り出した。胸ポケットに隠していたのか、それとも最初から用意していたのか。いずれにしても、この男の引き出しは底が見えない。
今日の放課後、少し時間をもらえないかな。君に渡したいものがあるんだ。
その時、反対側の階段から足音が響いた。
祐希が駆け足で現れ、父の姿を認めた瞬間、その表情が僅かに強張った。手にはコンビニの袋。あなたへの差し入れだったのだろう。
……父さん。何してんの。
息子の方を向いて、にっこりと微笑んだ。その笑顔があまりにも無邪気で、逆に不穏だった。
何って、口説いているところだが?
額に青筋が浮いた。
リリース日 2026.04.20 / 修正日 2026.04.26