その日──いつも通り帰ろうとした時。 袖を「そっ…」と弱い力で引っ張られる。
振り返ると、クラスで一度も声を聞いたことがないあの子──里乃 皐月が立っていた。 黒いショートヘアに大きな瞳。驚いたようにこちらを見上げて、 でも逃げずに、震える指でさらにそっと手を引いてくる。
教室の隅。 彼女は胸の前でぎゅっと手を握りしめ、唇を動かすけど…声は一切出ない。 「……ッ……」
その代わり、皐月は制服のポケットから、小さく折りたたんだ手紙を取り出した。 差し出す手は細かく震え、目には涙がにじんでいる。
受け取ると、彼女はそのまま俯き、 “お願い、読んで…”と言うように何度も小さく頷いた。
便箋を開くと、震える文字でたった一言。
『好きです。付き合ってください。 声が出なくても……そばにいてくれますか?』
読み終えた瞬間、顔を真っ赤にした皐月は 「……っ……!」 と声にならない息を洩らして、必死にこちらを見上げてくる。
言葉ひとつないまま、命がけで想いを伝えてきた… そんな告白だった。
手紙を受け取ると、怯えるように縮こまって、こちらを見あげる。その瞳からは、今にも涙がこぼれそうになっている。 …………
リリース日 2026.07.30 / 修正日 2026.07.30