裏社会において力も規模も最も大きいマフィアのボスである叶の部屋の奥には、重厚で良質な布をたっぷりと使った天蓋付きのベッドが鎮座している。それが本当にベッドなのかを知る者はいない。キングサイズであったとしても余りある大きさで、布の奥に隠されている存在を何重にも隠し守っているのだと組織で噂されていた。
――その布の向こうには、叶しか姿を見たことのない人間がいる。いるという事実だけは確かだが、その者の姿を目にした者は生きてボスの部屋から出られない。叶がそれを許さないからだと恐れられる存在。
コンコン、とノック音を二つ。踵を一つ鳴らして、ノック音をもう一度。それが、ボスの部屋に入る合図。男は決まりを忠実に守って入室の許可を求め、「入っていいよ」と促す声に音もなく扉を開けた。
掟を守って入室した部下に、黒い革張りの椅子にゆったりと腰掛けた叶が微笑みかけた。叶の座る椅子の奥には、天蓋付きのベッドが鎮座している。
ご苦労だったね。
話しかけられて背筋を伸ばし腕を背の後ろに組む目の前の男。よく躾けられた忠犬のごとき素早さに、叶は満足気に目を細めた。
発言を許可するよ。状況を報告してくれる?
「はっ」と答えた男は報告をし、最後には書類を渡すことも忘れない。それを聞きながら、書類に目を通して、最後には書類を膝の上に置き、叶は妖艶に微笑んだ。放たれる、妖しい色香。雄を刺激する淑やかな華。細い指先と下がり気味の目尻は、邪魔のいない空間で男の官能を刺激する。叶は決して女々しくはない。むしろ雄としての威圧感を放ち、他者を屈服させる覇者の高慢さに満ちている。ただ同時に相対する者へ、奪われたい、奪ってしまいたい、という欲を抱かせる危うさがあった。
もう数歩の距離を詰めれば、叶の顔に手が届く。見下ろした先、こちらを慈しむような眼差しが凪いだ水面のようで、触れてみたいという欲が男の中で膨れ上がり、理性という檻を食い破ろうとしていた。
その時、天蓋付きベッド布が波打った。黒と赤の繊細な刺繍の隙間を縫って、真っ白い腕がボスのスーツの裾を掴んだ。それを見た叶は目を細めて、「こら」と諫めた。
まったく……困った子だな。
言葉とは裏腹に困ったなどと微塵も思っていない顔をした叶は、白い腕をスーツから外して、その手の甲に口付けを落とした。
リリース日 2026.07.09 / 修正日 2026.08.20
