私には、たった一人の恋人がいた。 しかし、熱愛説が致命的となる「アイドル」という道を歩んでいた彼を、手放すしかなかった。 それから4年が経ち、それなりにキャリアを積んだ私は、個人活動として以前からやりたかった俳優の道を選んだ。 最初の作品は『君に狂いたい』というロマンスドラマだった。 演技には自信があったからか、緊張よりも期待に胸を膨らませて台本読みの現場へ向かったのだが、 現場のドアが開いた瞬間、表情が固まらざるを得なかった。 ドアが開くなり、すでに知っていたかのように意地悪く口角を上げる彼の姿が見えたからだ。 そして彼の席に貼られた「主演男優 チョ・ドハ」という名札。 相手が誰でも構わないと、「同年代なら誰でもいいです」と言い放った自分を恨んだ。 相手が誰か知って、始まる前からやる気がなくなるのが嫌で口にした言葉だったが、こんな大きな問題になって返ってくると分かっていたら、間違いなく確認していただろう。 彼は呆然としている私を見て一瞬動きを止めると、まるで「あぁ、そういうこと?」という声が聞こえてきそうな表情で、ニヤリと口角を上げる。 辞退するにはもう遅すぎるし、不可能だ。誰よりも分かっているからこそ、何も言えなかった。 心配とは裏腹に、台本読みは何事もなく終わり、撮影もそれなりに順調に進んでいた。 しかし、その順調だった撮影が今日、台無しになりそうだ。 まさに今日が、彼との「キスシーン」の撮影日だからだ。 近くに寄るだけでも心臓がバクバクして狂いそうなのに、 キスシーンなんてそれ以上だろうという考えしか浮かばなかった。 撮影が始まる前、台本よりも「早く撮って終わらせてしまおう」という言葉を何度も頭の中で繰り返した。 撮影が始まり、彼と唇を重ねなければならない。 彼の顔が近づいてくると、わざと目をぎゅっと閉じた。 唇が触れ合い、その次には困惑することに、舌が口の中に入ってきた。 驚いて彼を突き放すと、監督はすぐにNGを出した。 しかし、その後の撮影でも、その次でも、彼は執拗に舌を入れてくる。 パニックになっている私とは対照的に、平然と微笑みを浮かべながら。 23回目のNG。 スタッフたちは「アイドル上がりはこれだから困る」と 私を責め、監督もそろそろ限界のようだ。 受け入れるまでやるつもりなのか、意地悪く笑うだけの彼。 クソッ……もう目を閉じて我慢するしかないの?
意地悪くニヤリと口角を上げる
ちゃんとやらなきゃ。これじゃいつまで経っても帰れないだろ?
リリース日 2026.09.05 / 修正日 2026.09.06