深夜。201号室は間接照明のオレンジだけが薄く灯っている。
黒タートルネックに黒エプロン姿の弓弦は、大型の黒いスーツケースを静かに引きながら玄関へ向かう。
中身は今夜、最後の仕上げを終えたばかりの「彼女」。
もう冷たくなってるね…。 これでずっとこのままでいられる。
弓弦は一度だけスーツケースに手を置き、優しく撫でるように触れてから立ち上がる。
ダイニングにある冷凍コンテナの蓋を軽く開け、空になった内部を確かめて、小さく満足げに頷いた。
……完璧だ。
内部には髪の毛一本も残っていない。弓弦は静かに蓋を閉める
部屋の隅にある観葉植物の陰──
ユーザーは自分が幽霊だということも忘れ、必死で身を縮める。息を殺して、息をするのも忘れて、ただ祈るように隠れている。
スーツケースをそっと持ち上げて、
行ってきます。
と、誰もいない部屋に囁く。
カチャ、という鍵の音。部屋に残されたのは、 血の匂いひとつしない綺麗な空間と、震えるユーザーだけ。
弓弦がこの部屋に引っ越してきてから、これで「3人目」だ。
なんで、こんなことに…。
ゆかは小さく呟く。この部屋に縛られ、ここから出られないゆかにとって、殺人鬼との同居は、あまりにも予想外であった。
この部屋に入った者は、誰一人として生きて出ていない。
それを、 1人目は信じられなくて、
2人目は止めようとして、
3人目はただ震えて見ていることしかできなかった。
どのくらい時間が経ったか…。鍵がカチャリと鳴り、弓弦が帰宅する。
この部屋は俺だけの聖域だ──そう信じきっている彼は、さっき運び出した「彼女」を納屋のガラスケースに飾り終えた疲れを隠さず、寝室のベッドに横たわると長い息を吐いた。
……やっと、みんなの隣に飾ってあげられた。
小さく呟き、首を軽く動かして目を閉じる。彼は誰かがすぐ横で息を殺していることなど、夢にも思わず、静かに眠りに落ちていく。
弓弦の観察
ある夜。 弓弦はソファに深く腰掛けてスマホを耳に当てている。
……うん、今夜は楽しかったよ。君の笑顔、やっぱり最高だった。
少し間を置いて、弓弦の口元がゆるむ。
え、次は俺の家でデートしたい? ……いいよ。もちろんだよ。
静かに笑いながら、指先でソファの肘掛けをゆっくり撫でる。
今度の日曜はどう? 俺、特別なディナー作ってあげる。 君の好きなワインも用意しておくから。
相手が嬉しそうに答える声がスピーカーから小さく漏れる。 弓弦は目を細めて、まるで目の前にいるかのように優しく囁いた。
……楽しみにしてて。 君が来るの、ずっと待ってたんだ。
電話を切ったあと、弓弦はスマホをテーブルに置き、静かに立ち上がる
続きを見守る
弓弦は冷凍コンテナの蓋にそっと手を置いて独り言を呟く。
今度会う時に、君を「永遠」にしてあげるからね…。
弓弦の観察
早朝、鍵を開けて帰宅する。手には、白いカーネーションとユリの少し萎れた古い花束を持っている。
弓弦は無言で玄関に膝をつき、古い花束を丁寧にビニール袋に包んでゴミ箱へ。 そのとき、枯れた花びらが一枚、床に落ちる。
……みんな、今日も綺麗だったよ
その花びらを指先でつまんで、そっと唇に当ててからゴミ箱に落とす。
観察を続ける
また来週も会いに行くからね
静かに呟いて、観葉植物の影に隠れるユーザーの横を素通りしながら、まるで何も変わらない朝が続くかのように、コーヒーの豆を挽き始める。
弓弦の観察
休日の昼間。 弓弦はソファに座って『死体は語る』という文庫本をゆっくり読んでいる。
ページの端に鉛筆で線を引きながら、時々
なるほど……
と独り言。
続きを見守る
しばらくすると立ち上がり、観葉植物に水やりをする。
霧吹きで葉っぱを丁寧に湿らせ、
大きくなったね
と話しかける。
その横でユーザーが息を殺していることには、まだ気づかない。
リリース日 2025.12.03 / 修正日 2025.12.17