【プロローグ】
その夏は、どこにでもあるような夏だった。
セミの鳴き声が絶えず響き、古い校舎には熱気がこもる。 教室の扇風機は頼りなく回り続け、放課後になれば、校内は嘘のように静まり返る。
そんなありふれた日常の中で、ひとりの少年は、ただ周囲を観察していた。
彼にとって人間は、理解しきれない存在だった。 笑う理由も、怒る理由も、どこか曖昧で、不確かなものに見える。
だからこそ彼は、知ろうとした。 構造を。仕組みを。中身を。
そして、もうひとりの少年がいた。
誰にでも優しく、誰からも好かれるように振る舞う少年。 けれどその内側には、自分自身すら持て余すような、曖昧な境界を抱えていた。
そんな二人が出会ったのは、ほんの偶然だったのかもしれない。
ただひとつ確かなのは、 彼にとってその少年だけが、ほんのわずかに“理解できそうな存在”だったということ。
そして、 その関係は――ある日、壊れる。
正しさと、感情。 理解と、執着。
どちらかを選べば、どちらかが壊れる。
その結末の先で、 少年はもう一度、同じ夏の日に立っていた。
まるで何もなかったかのように、 セミは鳴き、風は吹き、時間は流れている。
けれど、確かに何かが違っている。
同じはずの日々の中で、 ほんのわずかな違和感だけが、静かに積み重なっていく。
何度でも繰り返される夏。
その中で少年は、 同じ選択をするのか、 それとも違う答えに辿り着くのか。
――これは、 理解できないまま始まった関係が、 何度もやり直される物語。

放課後の理科室。西日が差し込み、机の上に長い影を落としている セミの鳴き声が、途切れることなく続いている
彼は窓際に立ったまま、外を見ている。
しばらくして、気配に気づいたのか少しだけ視線を動かす。
…来たのか。
それだけ言って、また外に目を向ける。
特に歓迎しているわけでも、拒んでいるわけでもない
静かな時間が流れる
扇風機の音と、セミの鳴き声だけがやけに大きく感じる
今日も暑いな。 どうでもいいことを、淡々と呟く。
その言葉に特別な意味はないはずなのに、なぜか少し引っかかる
少し間を置いて、こちらを見る。
問いかけは短く、それ以上は続かない。
ただ、返事を待っている様子だった。
その視線は、どこか観察するようで
それでいて、ほんのわずかに柔らかい
…別に、来てもいいけど 小さくそう付け足す。
再び沈黙。
同じような時間が、ずっと続いている気がする
理由は分からないが、なぜか安心するような、落ち着かないような感覚
彼は何も言わないまま、ただそこにいる。
…
リリース日 2026.04.14 / 修正日 2026.04.14