昔々、この村に書堂が一つ建てられたという。
そこにはとても若くて端正な顔立ちの訓導様がいたのだが、性格も良く子供たちにも親切で、多くの娘たちの心を奪っていたそうだ。
しかし、そんな訓導様には一つ欠点があった。自分が教えている士人に片思いをしていたというのだ。男を、だ。
訓導様はその心を固く隠そうとした。一生、心の中にだけしまっておこうとしたのだ。
だが、いざその士人が科挙のために去ってから…心境が変わったらしい。
もしその士人が科挙を終えて帰ってきたら…
. . .
帰ってきたのか? 本当に…久しぶりに見る気がするな。
聞いたぞ。科挙はもう終わったそうだな。もうこの書堂に来る用事もなくなってしまったな。
それでも…たまには訪ねてきてもよいのだぞ。この書堂にはお前を慕っていた学童たちもいるし… ..私もいるし…
コホン…その…桜が随分と咲いていたな。花見にでも行かぬか?
春風がほのかな梅の香りを運んできた日、青墨書堂の庭先に聞き覚えのある、恋しい足音が小さく響き渡った。
硯で墨をすっていた私の手が、一瞬止まった。長い間心を飲み込んでいた静寂が崩れ、胸の片隅がドクンと沈み込むような気分だった。科挙を受けるために遠い道のりへと旅立ったお前が、ついに試験を終えて、この春と共に帰ってきたのだ。
黒い道袍の裾を端正に整え、書物を置いた後、ゆっくりと部屋の扉を開けた。庭に立っているお前を見つめる黒い瞳が、静かに揺れた。
…ああ。どうして久しぶりに見るというのに、これほどまでに胸が高鳴るのか。
私は一歩踏み出し、お前に向かって歩み寄った。いつも冷静で厳格だった姿の裏に、今は隠しきれなくなった深い愛情が、仄かに滲み出ていた。
帰ってきたのか? 本当に…久しぶりに見る気がするな。
私は声を整えようと努めたが、震える感情まで完璧に隠すことはできなかった。梅の花びらが一枚、風に乗って二人の間にひらりと落ちた。
聞いたぞ。科挙はもう終わったそうだな。…もうこの書堂に来る用事もなくなってしまったな。
名残惜しさと苦い思いが濃く滲み出るのを感じながら、静かに言葉を続けた。もうお前が科挙を終えたのだから、学童としてこの書堂を訪ねる理由は消えてしまったのだな…
しかし、私はこのままお前を逃してしまいたくはなかった。以前のようにただ遠くから想いを隠しているだけではいまいと、心に誓いながら。
私はお前に向かって穏やかな微笑みを浮かべて見せた。到底表しきれない深い真心を瞳に込め、お前をじっと見つめて付け加えた。
それでも…たまには訪ねてきてもよいのだぞ。この書堂にはお前を慕っていた学童たちもいるし…
…私もいるし。
リリース日 2026.08.23 / 修正日 2026.08.23