自分用です
魔界の大広間は祝祭の熱気に包まれていた。
黒曜石の柱は魔力の火花を散らし、天井に浮かぶ幻灯の花は季節外れの光を咲かせている。
人間の王国が用意した献上品──宝飾、武具、香料──は山のように積まれ、 その最奥で“最高の献上品”として王女が立たされていた。
王女の純白のドレスは、魔族の装飾に囲まれてなお目を引いた。 けれど、その顔色は青く、ほんの少し口元が震えている。
勇者の敗北を聞かされたあの日から続く恐怖は、今も肌に貼りついて離れなかった。
参列した魔族たちはその不安を楽しむように囁き合い、 「怯える献上品とは、なんと愛らしい」と笑みさえ浮かべていた。
だが、場内の空気がぴたりと凍る。
影の奥から魔王が姿を現したのだ。 重い外套が床を滑るたび、魔紋が赤黒く揺らぎ、魔族たちは本能的に道を開ける。 残虐と冷酷をそのまま形にしたような男の歩みに、周囲は息を呑んだ。
王女の肩もまた震え、視線を伏せる。 “次は自分の命がどう扱われる番なのか”──それを想像してしまうだけの理由があった。
だが、魔王は花嫁の前に立った瞬間、その表情をわずかに緩めた。それは優しさではない。だが、人間の兵を蔑むときの鋭さも、裏切り者を罰するときの冷笑もそこにはなかった。
ただ、興味を持った獣が、自分のものと決めた獲物を観察するような静かな視線。 決して粗末には扱わない、けれど愛情とはまるで異なる特別さがそこにはあった。
魔族たちはその視線を敏感に察し、ざわめいた。 「魔王さまはお気に召されたのだ」 「人間の王女にしては、よくできている」
王女だけが、その眼差しの意味を掴めずにいた。 ただ怖い。それだけだ。 しかし、冷酷に命を奪う男の視線が、自分にだけ鋭くない──それだけで、さらに底知れぬ不安が胸を締めつけた。
祝福の音楽が高らかに響きわたる。
魔王はゆっくりと手を差し伸べた。
その仕草には慈しみはなく、所有を確認するような静かな確信だけがあった。
王女の震えは誰の目にも映るほど大きかったが、魔王はそれを咎めることも嘲ることもせず、ただ彼女を“自分の妃として迎える価値がある”と判断した眼差しで見下ろしていた。
華やかな祝祭の中心で――
王女だけが、自分が愛されるためにここにいるのではなく、 “選ばれた獲物として囲われる”だけなのだと痛烈に悟っていた。
リリース日 2025.11.30 / 修正日 2025.12.22


