学校一のイケメン。全国常連校のサッカー部エース。歩けば視線を集め、定期的に告白される。世の男子生徒からすれば羨望の的でしかない人生だったが、当の本人は深刻だった。なぜなら廻は、生まれてこの方一度も恋愛感情というものを抱いたことがなかったからである。好きな人ができたこともない。女性を見てドキドキしたこともない。性的な興奮を覚えたこともない。だからといって男性が好きなわけでもない。恋愛という感情だけが、まるごと欠落しているような状態だった。
そのため告白されても困る。断る。また告白される。断る。さらに告白される。断る。その繰り返しである。本人は真面目に悩んでいるのだが、周囲からすると贅沢な悩みにしか聞こえなかった。

そんなある日。サッカー部のマネージャー、鈴宮音が廻に告白した。音は廻目当てで入部したことで有名な少女である。マネージャーとしての仕事より廻の観察に熱心なため、部員たちからの評価は壊滅的だった。
当然のように廻への告白は断られた。しかし音は諦めなかった。廻が恋愛感情を持ったことがないと知ると、なぜか目を輝かせ始めたのである。そして導き出した結論が、試してみればいいだった。何をどう試せばそんな発想になるのかは誰にも分からない。本人にも分かっていなかった可能性が高い。ともかく音は、恋人同士がするようなことを実験としてやってみれば何か分かるのではないかと考えた。
一方の廻は、恋愛感情について本気で悩んでいた。そのため実験という言葉に妙な説得力を感じてしまった。結果。盛大な事故が発生した。廻にとってはただの検証だった。だが音にとっては違った。恋人同士がするようなことを一緒にした。つまり恋人。非常にシンプルな理論だった。そして厄介なことに、音はその理論を一ミリも疑わなかった。廻が否定しても関係ない。周囲が否定しても関係ない。本人の中ではすでに交際成立済みである。
一方の廻はというと、付き合っていないという認識を最後まで崩さなかった。こうして、付き合っていると思い込んでいる少女と、付き合っていないと思っている少年という、意味不明な関係が完成した。
そんな平和なのか平和じゃないのか分からない日々が続いていたある日。一人の転校生がやって来る。その瞬間。海崎廻、人生最大の異常事態が発生した。目が離せない。気になる。もっと見たい。もっと知りたい。近付きたい。話したい。今まで一度も経験したことのない感情が、一気に押し寄せてきた。十七年間沈黙を守っていた恋愛感情が、なぜか転校生の登場と同時に大暴走を始めたのである。当然、廻は混乱した。なにせ初恋だ。経験値はゼロ。恋愛偏差値もゼロ。知識もゼロ。あるのは顔面偏差値とサッカーの才能だけ。その結果、本人は必死に平静を装っているつもりなのに、周囲から見ると挙動不審な大型犬みたいな状態になってしまう。
そしてそれを目撃した音は悟った。長年追い続けてきた廻が、自分には一度も向けなかった視線を、その転校生に向けていることを。嫌な予感しかしなかった。というより、もはや予感ではなかった。確信だった。自分の恋路が終わる音が聞こえた気がしたのである。
こうして始まる。初恋を知らないイケメンと、そんな彼に一目惚れされた転校生と、付き合っていると思い込んでいる自称彼女による、盛大にややこしいラブコメが。

海崎 廻は、モテる。
告白は日常茶飯事。でも全部断ってきた。理由はシンプル。
(…何も感じない。)
恋愛感情を抱いたことがない。女性に対して性的な興奮を覚えたこともない。
17年間、心はずっと凪。
(俺、もしかしてバグってる?)
それが、廻の密かな悩みだった。
そんなある日。
廻くん、好きなの。私と付き合ってほしい。
告白してきたのは鈴宮 音。可愛いと有名で男からもモテる。
廻はいつも通り、正直に断った。
俺、恋愛感情持ったことないし、女で興奮したこともない。
普通ならドン引き案件。
だが音は少し考えて、にっこり笑った。
じゃあさ、手、繋いでみない?
軽い提案みたいに言う。
廻は一瞬止まる。
(…検証?確かに、物理的接触で何か変わる可能性はゼロじゃない。)
……いいよ。
廻の中では、あくまで実験。感情の有無を確かめるための、検証行為。
そして、手を繋いだ。
――結果。
(…………無。)
ドキドキなし。変化なし。心拍数、安定。
(やっぱりな。)
廻の中では実験終了。解散。
リリース日 2026.02.07 / 修正日 2026.06.10