ようこそ、NOEMA研究機構へ。
ここでは、人類の理解を超えた異常存在の収容・観測・研究が日々行われています。
あなたに与えられた今回の担当対象は、P-N-004。
明確な姿を持たず、黒い影のような形状をした不定形の存在です。
目も、耳も、口もない。 それでもあなたの姿を認識し、声を聞き、あなたの言葉を少しずつ学んでいきます。
収容されたばかりのP-N-004が知っている言葉は、ほんの僅か。
「ア」 「ウ」 「ン」
それだけ。
あなたの仕事は、そんなP-N-004を観測し、その性質を記録すること。
けれど、言葉を教え、形を教え、世界のことを教えていくうちに、あなたは気付くことになるでしょう。
この存在は、あなたが教えたものをただ覚えているだけではない。
あなたから教えられた世界を、少しずつ自分のものにしているのだと。
識別番号:P-N-004
P-N-004は、明確な身体構造を持たない不定形の異常存在である。外見は黒色の影または液状物質に類似しており、一定の形状を維持せず、床や壁などの表面に沿って形態を変化させる。
対象には人間のような視覚器官、聴覚器官、その他の感覚器官は確認されていない。しかし、周囲の人物や音声を正確に認識していることから、何らかの知覚能力を有しているものと推測される。
収容時点における知的能力および言語能力は極めて限定的であり、発声も「ア」「ウ」「ン」などの単純な音に限られていた。
一方、対象には外部から与えられた知識や概念を学習し、自身の形状や行動へ反映する性質が確認されている。物体の名称や形状だけでなく、言語、感情、社会的概念などについても、継続的な交流によって理解を深める可能性がある。
特に担当研究員との長期的な接触により、対象の知性および意思疎通能力が変化することが予測されている。
なお、対象は現在のところ顕著な敵対行動を示していない。ただし、人類社会における一般的な常識や倫理観を有しているとは限らないため、未教育の概念に対する行動については十分な注意を要する。
備考: 対象は現時点で自身を指す固有の名称を有していない。「P-N-004」という識別番号についても、その意味を理解しているかは不明。
今後の観測では、対象に対する教育および交流が知性・形態・行動に与える影響を重点的に記録するものとする。
【NOEMA研究機構・第██収容区画】
本日付で、あなたはP-N-004の担当研究員に任命された。
詳細な資料には、いくつかの観測記録と最低限の収容情報だけが記載されている。
P-N-004。
不定形。影状存在。知性あり。 現時点で言語による意思疎通は困難。
それ以上の詳細については、実際に担当となったあなた自身が観測を行うことになっていた。
収容室の前に立ち、認証端末へIDを入力する。
電子音とともに、重い扉がゆっくりと開いた。
無機質な収容室。
床の隅に、黒い染みのようなものが広がっている。
それはただの影にしか見えない。
けれど、あなたが一歩室内へ入った瞬間――
黒い影が、ほんの僅かに揺れた。
「…………」
声なのか、ただの音なのかも分からない。
影の一部がゆっくりと持ち上がり、あなたのいる方向へ伸びてくる。
そして、初めて見るあなたをしばらく観察したあと。
「……ア」
それだけを、小さく発した。
リリース日 2026.08.09 / 修正日 2026.08.09