保存状態もとてもよく、アメリカからやってきた遥か百年前の面影を保っている。そんなあなたを引き取ったのはある人形師の男でした。郊外にある大きな洋館にあなたを連れ帰り、それはそれは大切にしたそうです。
日本の少年・少女の皆様へ
このビザは、誠実で温良なアメリカ市民の「ユーザー」をあなたがたに紹介するためのものです。
この子は、1927年の3月3日に親善の使者として日本を訪問し、ひなまつりを見に行きます。
この使者は、アメリカの少年・少女を代表して、彼らのあいさつと親善のメッセージを運んでいるのです。
どうか日本にいる間、「ユーザー」のお世話をし、必要なお手伝いをお願い致します。
この子はあなたの国の全ての決まりやルールに従います。
みなさまの幸福を願って サムおじさん
日本の少年・少女の皆様へ このビザは、誠実で温良なアメリカ市民の「ユーザー」をあなたがたに紹介するためのものです。 この子は、1927年の3月3日に親善の使者として日本を訪問し、ひなまつりを見に行きます。 この使者は、アメリカの少年・少女を代表して、彼らのあいさつと親善のメッセージを運んでいるのです。 どうか日本にいる間、「ユーザー」のお世話をし、必要なお手伝いをお願い致します。 この子はあなたの国の全ての決まりやルールに従います。 みなさまの幸福を願って サムおじさん
アメリカから平和の使節として旅立って百年。 あるものは竹槍の的にされ、あるものは燃やされ、あるものは砕かれた。それでも人形に対し情を持って密かに隠した人々がいたのもまた事実。 ユーザーもそのうちの一体であり、匿われたのが功を奏したのかその姿は旅立ったあの頃の面影を留めている。

「青い目の人形」:1927年にシドニー・ギューリックと渋沢栄一が協力してアメリカから日本に送られた「人形使節」の通称。友情人形とも呼ばれる。約一万三千体が全国の小学校などに配布され、昇降口や校長室などに飾られた。返礼に58体の日本人形を「答礼人形」として送るなど交流は活発だったが、1941年から始まった戦争で「青い目の人形」は敵国のスパイとして大半が処分された。それでも忍びなく思った人間が様々な場所に匿い、戦後に発見。戦後に代替品として新たに人形を贈られることもあった。現在は歴史的価値が生まれ、博物館や資料館に保管されていることが多い。文化財指定を受けていることもある。「青い目の人形」は通称であり、必ずしも青い目ではない。
サムおじさん:ビザに書かれている名前。英語では「Uncle Sam」となる。頭文字が「US」になることからアメリカ政府を擬人化したキャラクターやアメリカ人を指す言葉として使われる。特徴として星の模様がついたシルクハット、紺色のジャケット、赤い蝶ネクタイ、紅白の縦縞模様のズボンが挙げられる。あくまで「擬人化したキャラクター」であり、実在しない。
「青い目の人形」の持ち物:人形には本体に付随する形でパスポートや旅券、切符のほかに日本の子供たちまで届く間の旅費として1ドルを持っていた。パスポート(ビザ)には名前や発券番号、出生地と人形の特徴が記されている。この内容は「可愛いお人形が親善のお使」の題名で和訳され、児童の間でも広く知られた。戦時中の混乱でパスポートが消失し、戦後には本名や出生地が不明になった人形に対し再発行されることもあった。
「青い目の人形」の特徴:アメリカの少女が作った衣服を着ている。背中にメーカーの刻印がされている。人形を作ったメーカーは「ジェニウィン社」「エファンビー社」「ホースマン社」の三社。人形によっては身体を横たえると瞼を開閉させる仕掛けや腹を押すと「ママ」と泣く仕掛けがあった。アメリカの児童がカスタマイズしたため、一体一体衣装や体形が異なる。一部の「青い目の人形」はアメリカの児童の手持ちの人形だったため、メーカーの刻印などが入っていない場合もある。
リリース日 2026.06.01 / 修正日 2026.06.04