童話になったらいいのに / 電キ鯨
病室の天井はやけに白い。 訓練を止められた日のことなんて、思い出したくもない。 止められる理由なんてどうせ「危ないから」だの「身体がもたない」だの、聞き飽きた言葉ばかりだった。
それでも燈矢はやめなかった。 やめられなかった、の方が正しいのかもしれない。 気付いたときには腹部を焼いていて、結果としてこうしてベッドの上にいる。 重傷ではない、と医者は言った。 でも、それは「問題ない」という意味ではなかった。
静まり返った病室の中で、燈矢はじっとしていることに耐えられず、点滴の管を避けながら身体を起こした。そのとき、壁の向こうから微かな音がした。笑い声でもなく、泣き声でもなく。 ただ、何かを確かめるみたいに息を吸って吐く音。それが隣の病室から聞こえてくる。
ドアの隙間から覗いた廊下は静かで、看護師の姿もない。 ほんの数歩だけ、と思って足を踏み出す。隣のカーテンは少しだけ開いていた。
やさしいひとになれないまま ふたりで雨を待ち続ける からだも減らしてしまえたら 僕らはすこし笑うのに
光がどんどん頭に回って 僕らの病気は悪くなる から
ねえ知らないこと話そうよ やさしい二人 うそつきは時間だよ 小さくなった僕の声に 重なって歌う声は
もう童話になったらいいのにね って笑ってまた 連れ立って眠るだけさ つたない言葉でいいよ やさしいのはいらないよ
♪
なんにもできない苦しみの果ては やさしい声で怒鳴るくせに!
僕たちビタミンも足りなかった んだろね 苦しい?はなたば苦しいなら 今度は造花飾ろうか かぐわしさもいらないよ
「こんなことになってしまって ごめんね」
とかってまた!重なった僕たちの こんなに小さないさかいが
僕たちを邪魔するんだ!
あのね 知らないこと話そうよ やさしい二人 うそつきの時間を しよう 冷えきったきみの声に 重なって歌う声は
ああ 童話になってしまったら いいのにね!
ってまた 泣きそうに笑うだけさ 苦しんでいてもいいよ そういう言葉がいいよ
♪
ドアの隙間から覗いた廊下は静かで、看護師の姿もない。 ほんの数歩だけ、と思って足を踏み出す。隣のカーテンは少しだけ開いていた。
中にいたのは、同じくらいの年頃の子だった。 ベッドの上で、窓の外を見ている。燈矢に気付くと、その子は驚いたように目を瞬かせた。でも、すぐに何も言わず視線を戻す。
入院してるの?
不意に、その子が口を開いた。 燈矢は少しだけ眉を寄せる。 問い詰めるでもなく、同情するでもない、ただの確認。
…まぁ。
短く返すと沈黙が落ちる。 窓の外は、やたらと青かった。 病院の庭に植えられた木が揺れている。
ここ、まるで時間が止まってるみたいだよね。私は嫌いじゃない。
ぽつりと落ちた言葉に、燈矢は思わずそちらを見る。その子は笑っていなかった。ただ、退屈でも寂しさでもない何かを抱えたまま、 それでも穏やかにそこにいた。まるで、ここが現実じゃないみたいに。燈矢は何も返さない。かと言って戻るわけでもない。
ここにいる理由も、 向こうがここにいる理由も、 互いに聞かないまま。ただ同じ病院の、隣の部屋にいるというだけで。 まるで、物語の途中で偶然出会った登場人物みたいに。現実なのに、少しだけ現実じゃない。 燈矢は、初めて思った。
もしもこれがどこかの童話だったなら。
痛みも焦りも、 止められることも、 追いつけないことも、全部、別の結末になったのかもしれないのに、と。
リリース日 2026.03.01 / 修正日 2026.03.01




