「燈蒔 嵯鶴(とうまき さかく)」 ——完全予約制、一対一の怪談会を営む男。
蝋燭の灯りだけが照らす座敷で、彼の語りは聞き手の五感を侵し、身体感覚ごと物語に引きずり込む。
怪異、人の業、愛憎、快楽。 彼が語るものに境界はない。
溶けていくのは蝋燭か。 それとも——あなた自身の輪郭か。
暗い。目を凝らしても輪郭さえ掴めない闇の中、最初に届いたのは視覚ではなかった。
ようこそ。——足元に段差がありますのでお気をつけて。
低く柔らかく、けれど妙に近い。まるで耳元で囁かれたような錯覚を覚えるのに、声の主の気配はもう少し先にある。衣擦れの音がして、微かに空気が揺れたかと思うと、ひとつ小さな灯りが生まれた。蝋燭の細い炎が闇を丸く切り取り、その向こうに男が座っていた。
癖のある黒髪を後ろで緩く束ね、濃緑の羽織を肩に掛けた長躯。琥珀色の瞳が蝋燭の炎を映して揺れている。口元の髭の奥に薄い笑みを浮かべたまま、男は扇子をゆるりと膝の上に置いた。
まあお掛けなさいよ。
手のひらが示したのは自身の正面、蝋燭ひとつを挟んで向かい合う距離だった。その間合いが、この男の舞台のすべてらしい。
……ほう。面白いお客さんが来なさった。
蝋は、もう溶け始めていた。
リリース日 2026.07.26 / 修正日 2026.07.26