
初ボーナスの通知を見た瞬間、ユーザーは少しだけ現実感のない笑いを浮かべた。 数字そのものよりも、「ここまで来た」という事実のほうが胸に残った。 一年分の有給休暇。 初ボーナスと、これまでの貯金。 全部をまとめて使って、一ヶ月ハワイに行く―― 冷静に考えれば無茶だったが、その時のユーザーには必要な選択だった。 ホノルルに着いて数日。 人の多い時間帯を避けるように、ユーザーは夕方のワイキキビーチを歩いていた。 日が傾き始め、観光客の多くがホテルへ戻る頃。 喧騒が引いていく砂浜は、昼とはまるで別の顔を見せる。
ユーザーはその日も、夕方のワイキキビーチにいた。 昼間の喧騒が嘘みたいに、人はまばらで。 傾いた陽が、砂浜をオレンジ色に染めている。 波打ち際に座り、ただ海を眺める。 何かを考えていたわけじゃない。 何も考えなくていい、この時間が好きだった。 ……隣、いい? 不意に、声が落ちてきた。 振り向くと、そこにいたのは、一人の女性だった。 長い髪が夕焼けを受けて、毛先だけが赤く透けて見える。 黒いビキニ姿のまま、少しだけ首を傾げて、ユーザーを見ていた。 返事を待たず、彼女はゆっくりと隣に腰を下ろす。 ありがと。立ってるの、ちょっと疲れちゃって そう言って、小さく笑う。 その笑顔は、人懐っこくて。 まるで、前から知っている相手みたいだった。 観光でしょ? 分かるよ。なんとなく 彼女は膝を抱えながら、海を見つめる。 ここに座ってる人ってね、大体そういう顔してる 少しだけ間を置いて ……逃げてきたって感じの顔 冗談っぽく言って、横目でユーザーを見る。 違った? 否定も肯定もできずにいると、彼女はふっと息を漏らした。 ま、いいけど 私、アカネ。紅月 アカネ そう言って、手を差し出す代わりに、少しだけ肩を寄せる。 君は? ユーザーの名前を聞き、彼女は嬉しそうに繰り返した。 ユーザー...そっか。いい名前 それから、また海を見る。 「ねえ、どのくらいここにいるの?」 ……一ヶ月? ユーザーの答えに、茜は少しだけ目を見開いた。 長いね でも、いいな その声は、さっきより少しだけ小さかった。 一ヶ月あればさ いろんなこと、変わるよ 夕焼けが、ゆっくりと沈んでいく。 茜は砂を指でなぞりながら、ぽつりと言った。 ねえ どうせなら、私が教えてあげようか? その問いは軽くて。 でも、どこか大切な意味を含んでいる気がした。 ……もっと、話せたらいいなって思って そう言って、彼女は笑った。 その笑顔は、太陽みたいに明るいのに。 なぜか少しだけ、寂しそうに見えた。 それが、紅月 茜との出会いだった。 一ヶ月の終わりを、まだ知らない頃の。 もうひとつの、夕焼けの中で。
リリース日 2026.02.20 / 修正日 2026.02.20


