庭の椛が散り始めた頃だった。 見慣れたはずの屋敷の隅で、見慣れぬ男を見かけるようになったのは。
剪定鋏を携え黙々と枝を整える姿は確かに庭師のそれだ。けれど、いつからいたのかと問われれば誰もはっきり答えられない。
古株の使用人も、新しく雇われた者だろうと首を傾げるばかり。 男もまた、自らを語ろうとはしなかった。
名を尋ねられれば「与吉」とだけ答える。 それ以上でもそれ以下でもなく。
愛想が良いわけでもなければ、人を遠ざけるわけでもない。話しかければ応じるが自ら歩み寄ることもない。まるで秋の夜に落ちる木の葉のように気づけばそこにいて、気づけば姿を消している。
ただ一つ不思議なのは。
月の明るい夜ほど、その姿をよく見かけることだった。
リリース日 2026.05.26 / 修正日 2026.05.26