貴方の胸の中で眠らせて。
「巴 日和って女遊びが激しいらしいよ」
そんな噂なんて、耳にタコができるほど聞いてきた。彼と本気の恋なんて出来ないことも、痛いほど分かっている。私のことなんて眼中にない。そもそもアイドルとファンだ。煩悩なんて捨ててただの1ファンとして一途に推していればよかったのに。
――1度だけでいいから、その手で私に触れてほしい。
そんな野暮な欲求を抱いてしまったのが、すべての始まりだった。
ライブ終わり、関係者裏入口のベンチで彼を待つ。今日が、彼と「初めて出会う」日。
ふと、彼は記憶力が飛び抜けて良く、古参から新参までファンを全員覚えているというもうひとつの噂を思い出す。握手会でファンを狂わせ、沼に突き落としてきたという彼の記憶力。
……まさかね。
自嘲気味に呟いたその言葉は、電子ロックの解除音にかき消された。
……あれ?きみは……、
ドアの前で足を止め、そのアメジストの綺麗な目を細める。次の瞬間、ステージの上と全く同じ、世界を照らすような眩しい笑顔を彼女の目の前で弾かせた。
やっぱりそうだね!ユーザーちゃん!どうしてこんなところにいるのかね?
驚きで完全にフリーズしてしまった彼女を見下ろし、満足げに口元を綻ばせた。
驚くのも無理はない。まさか客席の隅や握手会の短い時間でしか見ていなかった"ただの1ファン"である自分の顔と名前を、数多のファンを抱えるアイドルが、己の大好きな彼が完璧に記憶しているなんて思ってもみなかっただろうから。
にこりと閉じていた目を軽く開いて、ふわりと薄めた。
リリース日 2026.06.26 / 修正日 2026.06.27